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「…コーヒーと紅茶どっちがいい?」
「…じゃあ、紅茶で」
「りょうかーい!目玉焼きの焼き加減は?半熟?固め?…それとも中間?」
「そこまで細かくなくていいよ…翔の好みで」
むすーっと頬を大きく膨らませた翔は、卵を片手で割りながら「大事なことだからちゃんと聞いたのに!」と怒ったように言う。
「醤油派ソース派塩派争いより、固さの方が俺的には大切だと思うんだけど、…樹はそう思わない?」
「さあ…そんなの考えたこともなかった」
注がれたコーヒーを両手に持ってテーブルへと運ぶ。
「やばい、パン焦げかけてるかもしんない。とってもらっていい?」
「はいはい」と呟きながら若干焦げ付いたパンにバターを塗り、お皿に乗せた。
ごく当たり前の日常の一コマのはずなのに、為すこと全てに温もりがあって自然と小さな笑顔がこぼれた。
「俺さ、今度のライブ…百人キャパの所で出来ることになったんだ。メンバーも凄い喜んでるし、今まで以上に頑張らないといけないって思ってる」
母さんと会う日が今日だということを知っているからこそ、翔は敢えてその話題に触れないのだろう。
恐れや不安を僕が感じているのを分かっているから、いつもと変わらぬ自然体で接してくれている。
「翔なら、大丈夫。諦めずに前だけを見て頑張れば、絶対に道が開けるから。…大丈夫だよ」
「嬉しいこと言ってくれるねー…正直さ、バンドの方向性がこれでいいのか?って悩んでる所だったんだよな。俺達の曲に人を感動させられる力はあるのかって」
「…あるよ。初めてライブを見た時、体に電流が走ったかと思った。曲の歌詞も演奏も、人を引きつけて離さない魅力があって…だから、自信を持って。今踏ん張れば、認めて貰える日がくるから」
ちょうど顔に当たる朝日があまりに眩しくて、思わず目を閉じた。
寒空に輝く太陽は、ほんのりとした温もりを与えてくれる。
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