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多田の心にもっと踏み入りたい。
苦しいことも、楽しいことも、全てを共有したい。
俺は「好き」よりもっと複雑な想いを多田に抱いているのかもしれない。それでも、大切にしたい気持ちは本心に違いない。
千里の言う通り、人を思う気持ちに異性とか同性とかそんなものは関係なくて…。心に蔓延る尊い感情を消し去ることなど絶対に不可能だ。
―待ってる。
「うーん」と唸りながらやっとのことで打つことが出来たのは、たったこれだけの言葉だった。
皆心配してるぞ、とか早く連絡くれよ、とか頭に浮かんだ文章は沢山あった。だけど、今の俺に唯一出来ることといえば多田を待つことだけ。
多田が前を向いて生きていけるようになるまで、俺はひたすら待ち続けるしかない。
送信ボタンを押し、静かに目を閉じる。
ベッドサイドに置きっぱなしになっているビー玉を手探りで掴みぎゅっと握り込む。
脳裏に現れた多田は、見慣れた姿のはずなのに垢抜けた様相をしていた。
一度目にしたら二度と忘れない美しい容姿。
やっぱり、多田には純粋無垢な百合の花がよく似合う。
俺は掌にビー玉を載せ、優しく微笑むと「樹」と呟いた。
「…愛してる。…樹は?」
玉響の刻、多田の瞳が驚きに満ち溢れ、朝露が煌めきながら百合の花に雫を落とす。
柔らかな掌にビー玉を握らせながら、黙って彼の答えを待つ。
「…僕も―」
言いかけた言葉は夢の世界へと誘われて消えていった。
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