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『もう3月だというのに寒い日が続いていますね。この寒さはあともう少し続きます。来週は雪が全国でちらつく予定ー』
目が覚めても変わり映えのない日常が変化する訳がなく、テレビから流れる天気予報を聞きながら文芸誌の原稿に取りかかる。
あれは一年以上も前のこと。
俺が書く小説にそれといった魅力も文才もないことも分かっていたけど、誰か一人の心に響く話を書きたい。俺が紡いだ言葉に心を揺すぶられる人がたった一人でもいれば…。
そんな思いで小説を執筆した。
そして、頃合いを見計らったかのように多田が入部してきた。
慢心も甚だしいけど、「もしかしたら俺の小説を読んで入部を決めてくれたんじゃ?」とほんの少し思ったりなんかして。
…ま、違うだろうけどな。
カチカチとパソコンのキーボードを打ちながら物語の内容を練っていく。
「…この間の続編にするかな…」
「百合」という名の少女を主人公にした小説は、今思うと多田の姿を無意識に思い浮かべながら書いたものだったのだと思う。
入学式で初めて彼のことを目にした時から、俺の心は多田に奪われて、柔和な笑みの下に隠された本当の姿を知りたくなった。
多田の苦しみを知ったこと。愛を求めていることを知ったこと。花宮と偶然出会ったこと。全てが運命だったんだ。
「理屈じゃ説明できないこともある、よな」
「あるある」と自分を納得させながら携帯を手に取ると、タイミングを見計らったかのように赤いランプが点滅した。
「花宮翔」という名前が目に飛び込んできた瞬間、俺は勢いよく椅子から立ち上がってしまう。思い焦がれた連絡に思わず「よしっ」とガッツポーズをしてから、本文に目を移した。
―ずっと連絡しなくてごめん。
色々あったけど樹は大丈夫。だいぶ垢抜けたし、元気になったよ。
直接会って話したいんだけど、来週の水曜って空いてる?勝手に日にち指定して申し訳ない…。出来たらその日がいいなあ、なんて。
返信待ってます。
寒いから風邪ひかないようにね。
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