love【愛】

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暫くの沈黙の後、花宮は再び話始める。 「時間が経つにつれて、笑ってくれることが多くなった。俺のこと『翔』って呼んでくれるようになったし、敬語じゃなくなった。二人で話して出掛けて…。無くした時間が戻ってくるような感覚だった」 水色の雫の向こう側で多田の姿がどんどん明確になっていく。 …手を伸ばせば届く距離に、彼はいる。 「それで、親父に会ってさ。あの人…、母さんの過去の話を聞いて、普通の親子にはなれないことがよく分かった。親父は謝ってたけど、許せるか分かんないや。どっちにしても、長い時間が必要だと思う」 「…多田は、」 俺の言葉に被せるように、花宮は「…雫月にとって、樹はどんな存在?」と泣きそうな顔をしながら言った。 何故花宮がこんな悲しげな表情を浮かべているのか―。 彼は俺が思っている以上聡く賢くて、俺の心がどこに傾いているのか分かってしまったんだ、と思った。 俺の気持ちを花宮は分かった上で、答えを促しているんだ。 「大切な存在で、でも好きで括るには重たい気がする。俺は多田の抱えてるものを受け止められるのか?…多田の近くにいていいのか?」 「ははっ、樹と同じこと言ってる。これじゃ、俺の入る余地なんてないよなあ…」 ポツン、と雫がアスファルトに落ちる音がする。 その音はきっと、俺を明るい未来に連れて行ってくれる。 「…花宮、俺、」 「それ以上言わないで。俺、全部分かってるから。雫月の瞳に誰が映ってるのか。…雫月の心に、俺はいないって」 明らかに強がった笑顔を浮かべながら花宮は言葉を紡ぐ。
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