478人が本棚に入れています
本棚に追加
/67ページ
「おはよう」
驚きのあまり全ての動きが止まった。
月曜の朝、初仕事のため社長室を訪れた千博が見たのは、記憶にある顔だった。
「おはようごさいます……あ、あの……」
立派な机と椅子は先代社長が使っていたものだが、そこに見慣れないパソコンが置かれている。
男はすっと立ち上がった。纏った黒のスーツは体にぴたりと合っており、彼のエリートぶりを物語る。余裕のある物腰は繊細ながら男らしさを感じさせ、目鼻立ちの整った顔、額に落ちる一房の髪は大人の色気さえ漂わせている。
まさかこんな俳優のような人がこの会社に来るなどとは、今の今まで考えもしなかった。
「あの時は挨拶できなかったな。よろしく、俺が新しい社長の相馬一翔(そうまかずと)だ」
千博は体を動かすことができず、全身から嫌な汗が滲んでくる。
「あまり硬くならないでくれ。こないだのことは、できるだけ蒸し返さないようにするから」
「も、申し訳ありません……このたび秘書になりました、塩田千博(しおたちひろ)です」
ようやく頭を下げた。促されて部屋の奥にあるもうひとつのデスクに座る。そこにあったのは総務部にいた時に使っていたパソコンだ。
「すぐに机の中身を取ってきて、仕事が始められるようにしておいてくれ」
「わかりました」
どこから持ってきたのか不明な机の引き出しには何も入っていない。筆記具を取りに総務部のオフィスへ入ると、社内で最も若い永井美優(ながいみゆ)が挨拶してきた。
「塩田さん、おはようございます!どうでしたか、新社長は?」
前のめりで好奇心むき出しの様子さえ可愛いと感じる。ベージュの地味な事務員服でも全く気にならない、華やかなルックスの女の子だ。
「まだ会ったばっかりだから……あのさ、送別会の時に来てたの知ってた?」
彼女は普段、別の仕事をしていたのであまり話したことがない。こんな話題でも会話できたのはラッキーというべきだろう。
「送別会に?」
「うん、三十代くらいの背の高い……イケメン……」
「あー、いましたねカッコいい人!えっ、あの人が新しい社長ってことですか!?」
「そうみたい」
彼女も知らされてなかったらしく、大きな目をさらに見開いている。
最初のコメントを投稿しよう!