一月十一日*三粒目

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   「座る?」  「うん」  藤棚の下にある、正方形の大きなベンチに並んで座る。  傾いた太陽の色と藤の花の色が対照的だけど美しくて、額におさめて飾っておきたいくらいだ。  「来てみてよかったな。満開や」  「本当に綺麗だね。光輝と見られてよかった……」  けやき坂にはこんなに素敵な場所があるのに、そんなことも忘れていた。  藤の花。夕日。影を作る樹木。砂場のモグラ。小さなブランコ。隣に、光輝。  目に映るすべてを匂いまで全部、もう二度と忘れないように、必死に記憶に刻む。  「どうしたん、しみじみと」  「え? うん……ちょっとね」  「なんか変やな、今日の睦月」  笑いながらだけれど、そう言われるとぎくりとしてしまう。  そりゃ違うよ。今の私は中学二年生の私じゃない。  この後、たくさんの幸せをあなたからもらうことを知っている。  そしてそれを全部、失くしてしまうことも……。 .
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