一月九日*一粒目

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   「そうなんだ」  「睦月のためにきっと今頃鍋いっぱいに筑前煮を作ってるはずよ」  父方の祖母もけやき坂で暮らしている。  祖母の料理は絶品で、特に私はお正月に必ず出される筑前煮が大好きだった。  「一息ついたら、おじいちゃんに手を合わせに行くからね。睦月はもう二年くらい行ってないでしょう」  「わかった。お花は?」  「この間替えておいたから大丈夫よ」  準備しなくちゃ、と言って母は席を立った。  私はそれを見送って、お茶を飲み干した。  父方の祖父は私が生まれてすぐに亡くなったから、あまり記憶がない。  夫婦仲が良かった分、祖母の落ち込みは激しかったようだが、私たちがこちらに越してからはその素振りは見せなくなった。  同居の話も出たそうだが、「これだけ近ければ十分。お父さんと暮らしたこの家を出たくはないの」と言って固辞したらしい。  祖母らしいなと思う。  穏やかで優しい雰囲気ながら自分が決めたことは頑として譲らない、芯の強い人なのだ。 .
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