第1章

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目は黒いビー玉みたいに光沢があった。腰にあてた両腕は獣のように恐ろしく毛深かった。  警官が吠えるような声をあげた。   「きみ、ここは動物専用のトイレだから、人間は入れないよ。人間用は、そこのエスカレーターを上がって、左へ曲った所にあるから、そっちへ行ってくれないかな」  おれは驚いて思わず聞き返した。 「動物専用のトイレ!いつからこんなのができたのですか。二、三日前までは動物トイレなんかなかったですよ。人はだめなんですか」 「くどいな。ここは人間立ち入り禁止だ。きみのような人間がいるから、わたしが警備している。ほら、他の動物たちの通行のじゃまになるからどいてくれないかな。」  警官は唸るような声でおれを威嚇した。腰の拳銃のホルスターに毛むくじゃらの手を当てている。まさか本当に抜きはしないだろうが、凄い形相だったので、おれは退散することにした。  後ろに振り向くとブルドック警官はまだこちらを睨んでいる。  確かに、いろんな動物たちがトイレに出入りしていた。  トイプードル、ボーダーコリー、の犬たち。灰色の耳のうさぎ。尻尾のでかい栗鼠。帽子をかぶった猿。  ペンギンまでのっこらのっこら歩いている!   警官の足元に小さなぬいぐるみが二つまとわりついた。よく見ると子猫だった。ブルドックは急に優しい顔つきになった。子猫たちはにゃあにゃあ鳴いている。きっと迷子なのだと、おれは思った。案の定、犬のおまわりさんは  わんわん、わわんと困り顔だ。  おれはちょっと気の毒になったが、尿意が次第に強くなってきたのでその場を立ち去ろうとした時、少し大柄な動物が子猫たちを覗き込んだ。  白いアルパカだ。口元に緑色の葉っぱがひっついている。  アルパカは子猫たちを咥えて無造作に背中にのせると、のたりのたりと雑踏に消えていった。  のんびりしている場合ではない。  はやく、トイレで用をたし、取引先の会社へ急がねば。順調な商談とはいえ、遅刻は相手先に対してたいへん失礼だし、最悪、商談不成立もありえるのだ。  おれはやっとの思いで人間用のトイレを見つける事ができた。  今度も、入口に何か書いてある。  しかし、おれは安心した。       清掃中につき足元に注意  確かに男の清掃員が中で掃除道具を扱っていた。  足元が滑らないように慎重に歩いて便器に向かった。  
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