第1章

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   脳髄の芯にまで響く太い大きな声だった。  「こんなとこに虫がいやがる。ちょうどいいや、流しちまおう」  先ほどの清掃員の声らしかった。  清掃員は常識では考えられぬほどの大巨漢だった。はるか頭上から、雲を突く大男がおれを見下ろしていた。不快で汚い物を見るような、恐ろしく冷酷で残忍な目をしていた。蛇のような唇がうねうねと動いた。黄色い歯が覗く。  彼は笑ったのだ。獲物をいたぶる時に見せる倒錯的な表情だった。    巨大な清掃員の手には、ゴミ拾い用のトングが握られていた。  そのトングの先端がおれに近づいてきた。  いつのまにか虫になった俺を、トングではさみ、プールに投げ込もうとしているのだと悟った時、  「誰か、助けて!!」  思わず叫んだ。  しかし、だめなのだ。虫になったおれに声が出せるはずもなかった。ひゅうひゅうと体がこすれる音がしただけだった。  そして、だしぬけに、眼前の水の広がりがプールではないことを理解した。  白い陶磁のタイルはプールサイドの枠ではなく、便器そのものだったのだ。  おれは体を震わせてバタバタしたが、あっけなくトングに鋏まれて巨大な水槽に放り込まれた。  ガシャンと水洗のコックが開く音がしたかと思うと、津波のような水流が襲ってきた。  くそう、流されてたまるか。  おれは6本になった手足をばたつかせて、流されまいと必死に抵抗した。凄い水圧は俺を容赦なく弾き飛ばそうとする。  ふと、目の前に褐色の岩がと飛び込んできた。あれに掴まって水流をやりすごそう。わずかの時間だけ岩にしがみついていた。  岩ではなかった。人間の糞便の滓が便器のこびりついているだけなのだった。  糞便の滓はやがて浮き上り、それといっしょにおれも流されはじめた。  もう一度叫んだ。  「誰か、助けて」  無声慟哭の絶叫だった。  前方に滝壺が見えた。  水流の急降下の先には非情の渦が巻いていた。    あの時、犬のお巡りさんに「僕も動物です」と言ったらこんな目に遭わなかったかも知れない。  いつ、どこで歯車が狂ったのだろう。  さようなら。
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