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遅いなぁと店主が思っていたら、花火が夜空に打ち上げられた。通りに埋め尽くしていた人々も、待ち望んだ花火に思わず足を止め、みな空を見上げた。
今年もここの花火は変わらなかった。今は椿以外に客もいないし、のんびり花火を眺めていた店主だったが、しゃがみこみ、うつむいたままの椿の手が震えていることに気が付いた。
「どうした?」
「…………いえ。花火が…………」
「花火がどうした?見ないのか?」
「花火が始まったら、もう終わるじゃないですか…………花火が終わったら、勝負も終わりじゃないですか!」
休み休みあがるこの祭りの花火も、一時間もすれば終わってしまう。主役である花火が終われば、この祭りも終わる。祭りが終われば夜店も店じまいだ。
「今年こそは…………今年こそはヨーヨーを10個釣らなきゃいけないんです!はじめの年に言ったじゃないですか。ヨーヨーを10個釣れたらなんでも言うことを聞いてくれるって。だから、今年こそは釣ってみせるんです。釣らなきゃいけないんです!」
確かに、店主がはじめてここに店を出した年、やってきた椿にそう言った。だから彼女は、毎年この祭りへとやってくる。ヨーヨーを10個釣り上げるために。
「今年こそは10個釣ってみせますから…………だから、帰ってきてください。お願いしますから…………帰ってきてください」
顔をあげた椿。必死に涙をこらえるその瞳が、打ち上げられた花火にきらめいていた。新人として店主の元へやってきた時から、どんなに辛いことがあろうと椿は泣かなかった。店主が戦うことをやめたあの日も、椿は決して泣かなかった。今も、泣くまいと必死に涙をこらえていた。きっと、ここまで彼女が切羽詰まるほどにつらいことがあったのだ。けれど、それでも彼女は泣くことを良しとしない。
そんな椿を前にしても、答えられる言葉は一つしかなかった。
「ごめんな、椿。お前の思いには答えられない。俺はもう戦えないんだよ。戦う理由が、もう見つからないんだよ」
大切な人を守りたくて戦ってきた。守りたい人がいたから戦えた…………でも、彼女を失った今、もう戦う気力がわいてこなかった。なんであんなに必死に戦えたのか、わからなくなった。
店主は寂しげな笑顔を浮かべた。
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