家出

6/7
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
「前から思っててんけど、あんた、なんかあったん?」  ある日の昼休みのカフェテリアで、綾ちゃんがわたしを心配そうに覗き込んだ。  普通に振舞っていたつもりだったのに、鋭い綾ちゃんは気づいていた。  わたしは、ジローのことを話そうと口を開いた。 「……うちのアパート動物禁止なんだけどね、その、秘密で飼ってたネコが家出しちゃったんだ」 「……そうなんや」  綾ちゃんはそれっきり、何も聞かなかった。  綾ちゃんを信じていないんじゃない。  ジローのことを話したら、わたしはきっと、泣き崩れてしまう。  それが怖かったのだ。  綾ちゃんはわたしが嘘をついていると気づいていて、何も言わないでいてくれる。  一見派手で関西弁で、夢中になると早口になる綾ちゃんは、人から誤解されやすいけれど実は誰よりも優しいのだ。 「今週末、映画に行かん?」 「映画?」 「そう! ミニシアター系で面白そうなのやってるんよ。めっちゃへんてこな宇宙人がな、宇宙船に乗って旅してたらその宇宙船が故障して、地球に不時着する話。監督が体験した実話を元にしてるんやて。ほら、ウチ、そういうんが見えるから、興味あってん」  綾ちゃんが鼻息荒く語る姿にちょっと元気が出てきて「面白そうだね」とわたしもうなずいた。  そのわたしの顔を見て、綾ちゃんの表情がぱあっと明るくなる。 「やろ? しかもな、その宇宙人の名前がジローなんよ。宇宙人がジローて、日本人か! て、ネット見ながら一人ツッコミしたわ」  ズキっと、胸が強く痛んだ。 「ごめん、綾ちゃん。実は……家出したネコにジローって名づけてて。だから、わたし……」 「え? そやったんや。ウチこそごめん! 映画は無し、無し」  綾ちゃんが両手を合わせる。  謝らなければならないのはわたしの方なのに。 「本当に、ごめんね」  綾ちゃんは「売店でスイーツ買わん?」と優しく笑った。    
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!