第1章

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桜も終わりを迎え、過ごしやすい暖かさと心地好い新緑の香りを風が届けてくれる。 そんな季節にもかかわらず、ある庭先ではまるでそこだけ真夏の炎天下の如く…熱のこもった一戦が繰り広げられていた。 とは表現したものの、現実は少々様相が異なってたりする。 正確には“挑戦者”だけがほとんど一方的に闘志を燃やし、それを受けた“熟練者”は飄々と余裕をもって相手をしているのだ。 というよりも、正直遊ばれているだけにしか見えないし、実際遊んでいるのだけど。 挑戦者と熟練者の間にはそれだけの確かな差が在るのだから。 それでも。挑戦者は諦めないし負けられない。負けるわけにはいかないのだ。 なぜか。理由は単純で明快。 勝てば得るものがあり、負ければ失うものがあるから。 だから…挑戦者は心を燃やし、頭を働かせ、目を血走らせ、遮二無二その腕を振るう。 乾坤一擲。起死回生の一手を狙い、放つ為に。 だが、だけどーー 「王手。ついでに飛車獲りじゃ。」 「うぎゃうっ!?ちょ、まっ、タンマ!なし!それは堪忍してぇ!」 ーー届かない。 「駄目に決まっとろうが。こっちは飛車角落ちじゃぞ?観念せい。投了か?それとも飛車を寄越すかの?」 それでもーー 「ぐぐぐぎぎぃ…おのれぃ、桂馬あぁぁぁ!この恨み晴らさでか…っ!持ってけ泥棒!それでも俺は勝つ、勝ってみせる!」 ーー挑戦者は諦めない。例え仲間を犠牲にしても。 「ほっ。意気は良し。んではの、遠慮なく。飛車いただきじゃ。」 だがしかしーー 「ぐぐっ…ふんっ。見てろよ?じいちゃん。ここからだっ!ここから俺と角による怒濤の反撃がーー」 バチッ! 「すまんのう。孫よ。意気込んでるところ悪いがの。これで詰みじゃよ。」 パチッ。 「ーー始ま………はっ? えっ。 …貴様は飛車っ!!? そげなバナナ! なんで…なんでなんだ…飛車よ。 それじゃ俺の…俺の…。」 「あっ。まるっとバナナ食べたいのぉ。ばあさん。今日のおやつはもう買ったのかのう? まだ?なら、まるっとバナナ買ってきてくれんか?そうそう。バナナとクリームをまるっとスポンジケーキでくるんだアレよ、アレ。 金は…ほれ、1000円で足りるじゃろ。」 ーーやはり未だ届かない。そして知るのだ。 「それ俺のお小遣いぃぃ!俺の賞金ンンンン! イヤアアアアア!行かないでぇ!ばっちゃああああん!! カムバーーーック!俺の小遣いーーー!」 失う悲しみを。
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