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その店は築うん十年というさびれたビルの二階にあった。
真っ白で素っ気ないドアの横には『自分の住まいをお探しですか』という看板が縦に掛かっている。表通りに面した一階には賃貸物件ばかりを扱う不動産屋が軒を連ねているが、どの店も学生風の若者たちで賑わっているので、逃げるように俺は二階へと駆け上がっていた。学生街の一角にある店では馴染みの光景だろうが、彼女から同棲解消を言い渡されたばかりのアラサーにとって、希望に満ち溢れた学生たちに混じって安部屋を探すというのは、ちょっとした拷問に近い。
ドアの前で立ち止まってしばし逡巡する。なかを覗こうにも小窓すら付いていないこの、店名しか書かれていない怪しげな店で、果たしてまともなアパートなど紹介してもらえるのだろうか。そもそもここが不動産業者なのかも疑わしい。大きな窓に隙間なく物件の間取りが貼り出された情報過多な一階とは、明らかに趣きが異なっている。部屋を紹介するふりをして、相談料という名目で金を搾り取られるのがオチではないのか。或いは暴力団が陣取っていて、一歩足を踏み入れたら最後とばかりに高級品を売りつけられるのではないだろうか?
奇妙だ、怪しいと感じつつ、俺は何故かチャイムを鳴らしていた。どうぞ、と内側から男の声が聞こえる。ここで逃げたら負けを自ら認める気がしてドアノブにそっと右手を掛ける。金属が指先に冷たく、扉は意外に重たい。手首に力を込めた勢いに身を任せ、前のめりに室内へと足を踏み入れる。なかの光景が目に入った途端、なあんだと呆気なく脱力してしまった。
六畳くらいの狭いスペースで若い男がスチール机にこちら向きで座っている。小さなソファー以外に家具もなく、レースのカーテンが掛かった窓とトイレらしき狭いドアがあるのみだ。男はスーツではなく、パーカーにジーンズというラフな格好だ。一体ここは、何の商売をやっているのだ? 二次元のように無機質な室内を呆けたように見回していると、若い男がぎこちない笑顔で立ち上がる。
「自分の住まいをお探しですか?」
表の看板と同じ台詞を口にしながら男は手でソファーを勧めてくる。俺が困惑しつつも腰掛けると、ほぼ正面にいる彼も座り直した。
「ここは一体何の店なんだ? 本当に不動産屋?」
俺が疑わしげな声を出すと男は、あ、はい、と頷きながら硬い表情で瞬きを繰り返す。たっぷり逆立った前髪とひげ剃り跡の
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