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目立たない口元はどう見ても二十歳前後といった若さで、貸し手というより借り手に回るほうが相応しい雰囲気だ。
「あの、確かにここは不動産屋ですが、少し普通の店とは違います」
「どういうこと?」
「あの、案内できる家はたった一つしかなくてですね……」
はあ? と俺はあからさまに怪訝な声を上げた。
「それどういうこと? こっちの条件を聞き出しもせずに、たった一つの部屋しか見せないということ?」
「はあ、見せないというより見せられないというか……」
俺が困惑して露骨に大きな溜め息を吐くと、彼がますます萎縮していくのが手に取るようにわかった。
「何だかよくわからない店だね、ここ。お兄さん、名刺か何か持ってるの?」
男はおずおずと引き出しを開けて、一枚を両手で差し出した。
『あなたの住まいをお探しですか
コーディネーター 新庄 豊』
俺がシンプルな名刺を凝視していると、
「よかったら僕のほうも名刺を貰っていいですか?」
と豊が頼んできたので、俺はポケットからケースを取り出して一枚くれてやった。
『ライター、コラムニスト、ブロガー
渡井 篤人』
豊が小さく感嘆する声を上げた。
「何だかカッコいい仕事ですね」
「まあな」
褒められて気を良くした俺は少しだけ目の前の男に親しみを覚えた。
「それより、その一軒というのはどんな家なの?」
「それは、荒唐無稽だと思うでしょうけど……」
豊は口ごもった。
「渡井さんだけが持っている家です」
「どういうこと?」
「あなたの心を具現化した家です」
ぐ・げ・ん・か? 心を具現化した家? 何なのだ、一体それは?
「お兄さん、こっちも忙しいんだからふざけないでくれる?」
「ふざけてなんかいません」
上目づかいの小動物みたいな豊の表情がこの時だけは真顔になった。すっかり白けてしまった俺はふっと鼻先で笑い、すぐさま立ち上がる。
「馬鹿馬鹿しくて話にならないので、もう帰るわ」
あー、時間の無駄だった、と呟きながらドアに向かっていると、
「信じられないという気持ちはよくわかります」
と、背後から豊の力強い声が響いた。
「僕も最初は信じられませんでした。でも、僕自身も行ったのです」
「あんたの心の家に?」
俺が振り返ると、豊は真摯な目の色を浮かべて頷いた。
「ふうん。で、どんな家だった?」
「見たこともないくらい、変な家でした」
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