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いちどきにビールを冷やしてしまうと、
「電気代の無駄だ」
と、これまたお叱りをうけるので、少しずつ補充するのが大切なのだ。ビールと、和哉さんの好物であるカシューナッツをお盆にのせて、目の前にそっと置く。差しだされたグラスにビールを注ぐと、和哉さんはのどを鳴らして、美味しそうに飲んでいた。なぜだかその様子に、私は心からの安心をおぼえて、
「あの、滝本さんのお歳暮のことだけど」
とようやく話しかけたものの、
「テレビを見ている時は話しかけないという決まりだろう」
と怖い目で、釘を刺されてしまった。しまった! うっかりしていた! そういうルールも確かにあったわ。しかたなくCMになるのを待って、持っていたカタログを手渡した。
「仲人をしていただいたお礼に、滝本さんにお歳暮を送りたいと思うけど、どれがいいかしら」
「叔父さんはのんべえだから日本酒でいいんじゃない?」
和哉さんはナッツを頬張りながら、面倒臭そうに答える。
滝本さんは、和哉さんにとって義理の叔父にあたり、部署はちがうけれど、同じ広告会社に勤めている。滝本さんが私のもとの勤め先に出入りしていた縁で、私たちは知り合ったのだった。
「銘柄は、何がいいかしら」
「あおいに任せるよ」
和哉さんは、ろくにカタログに目を通すこともなく、画面のなかの世界に戻っていった。
夢なのか、それともうつつなのか、しばらくわからなかった。
体ぜんたいに重みを感じ、すみずみにまで小さな虫が這いまわっていて、痛いのか熱いのか痒いのか、それともつらいのか、それさえもわからなかった。わずかに光の残る暗闇のなか、まっとうな感覚が薄らいでいるさなかに、その重みの正体が夫であることに、ようやく気づいていた。ほんとうは眠っていたかったけど、もちろん、拒むなんてもってのほかだった。
あれから和哉さんは、ビールを飲みながら、そのままソファーで眠ってしまった。起こさないように、そっとお布団を上からかけて、私だけ寝室へもどった。パソコンの入力と家事で疲れはてた体は、たちまち深い眠りへと、吸いこまれていった。
少しだけ薄目をあけてみると、自分の足の白い指さきが、ほのかに浮かびあがった。私自身のすみずみまで、和哉さんのものになったことが、かつては無上の歓びであり、誇りでもあったのだ。確かに。たぶん。きっと……。
「夫の求めにはいつでも応じなければならない」
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