第二章  あおい ~思惑はずれな新婚生活~

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便箋に、私は自分の新しい名前『竹之内あおい』と年齢『二七歳』、新居の住所、電話番号を書き入れながら、 「ここも一階と同じ、不動産屋さんですか?」  と尋ねた。そうです、と新庄さんは、はにかむように答えた。 「ただ紹介できる家は一軒だけでして」  え? と私は自分の耳を疑った。 「それは、どういうことですか?」 「驚かれるでしょうけど……。あなたの心を具現化した家までご案内できます」 「ええー! 一体、何? それ……。嘘でしょう!」  気がつけば生まれて初めて、というくらいの大声で、私はそう叫んでいた。 「いえ、正真正銘、本当の話です。と言っても信じてもらえないでしょうね。僕だって最初は、自分が実際に行くまではとても信じられなかった」 「あなた、自分の心の家に行ったのですか? 写真はあるのかしら?」 「写真はないけど、本当に、神に誓って行ったんです。びっくりするくらい変な家でしたけど……。ああ、一体どう言えば本当に信じてもらえるのだろう」  ひたいに深いしわを刻み、どう伝えたらいいのだろうと、前髪をかきむしる新庄さんを見ていたら、半信半疑なまま構えている自分が、何となく薄情な人間に思えてくる。彼に同意しようか、と膝に力を入れて逡巡していると、 「ところで、今日は何かの相談で来たのですか?」  といきなり新庄さんが、話を切りかえてきた。少し拍子抜けしながら、私は小さくうなずき、占いの館で聞いてもらいたかったことを、消え入るような声で、とつとつと話しはじめていた。  私は、生まれてこのかた大声を、出したことがない。  大声どころか、人に対して、はっきりといやだ、と言ったことのないような気がする。この頃、さすがにそのような生きかたに対して、漠然とした壁というか、限界のようなものを、感じるようになっていた。  結婚当初は、ただ幸せだった。南の楽園で、まばゆい光とたわむれる子どもたちのように、和哉さんと思いっきり、じゃれ合っていた。お互いを「かーくん」「あーりん」と呼び合い、大きな皿に盛った料理を、取り皿もなしに、交互に口へ運んでは見つめ合い、微笑み合っていた。彼が好きだというメニューを、調味料から手作りして食卓に並べ、彼のシャツやズボンはおろか、靴下までも、心をこめてアイロンがけしていた。そんなある日、真剣な顔つきの和哉さんから、 「自分の食いぶちと小遣いくらいは自分で稼ぎなさい」
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