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「但し、外で働いてはいけない」
「お互いの通帳は見せ合いっこしよう」
と、いきなり宣言された。それぞれの職場が離れていたので、私は寿退社をしており、私の収入はもちろん、ゼロ円だった。
「外で働けないなら、どうやって自分の食いぶちを、稼ぐというの?」
私がたずねると、和哉さんは銀縁めがねを指先で押し上げ、鼻で笑った。
「何を言ってるんだ。便利な世の中だ。在宅で仕事をしている人なんてごまんといる。パソコンを使って稼げばいいだろう? なんなら、取引先のIT企業に口利きしてやってもいい」
彼は広告代理店に勤めている。私が勤めていた化粧品会社の、取引先でもあったところだ。
「どうして、外で働いたらダメなの?」
「どうしてって」
和哉さんは眼鏡のつるを触りながら、ひと呼吸おいた。
「あんまり仕事に熱を入れられて家事が疎かになっても困るからね。子供ができたらどうせ辞めてしまうだろうし、勤め先にしたらそれも迷惑な話だ。通勤時間も勿体ないし、それに元々」
また、ひと呼吸を入れた。
「キャリア志向じゃなかったじゃないか。結婚したらどうせ家庭に入るという心積もりだったんだろう? だからさ、大変な思いをして外で働くことはないよ」
「……」
「ただ、全ての面で僕に依存していたら、きみ自身も自尊心を保てなくなるだろう? そのためにも自分に関する出費や食べる分くらいは、自分で稼いでおいたほうがいい。それが結局は、きみのプライドを満足させるんだよ」
私はただ、目をしばたいて、話を聞くだけだった。
彼はその言葉どおり、一週間後にはパソコンでできる、在宅ワークを関連企業からとってきた。わけのわからない数字の羅列を、指定されたソフトに、ただただひたすら、来る日も来る日も入力していくという、頭のふやけそうな作業だった。入力のあいまに洗たく機を回し、入力のあいまにそうじ機をかけ、入力のあいまに鍋を煮込むという、あわただしい毎日が、気がつけば始まっていた。ある日パソコンの電源を入れると、知らないあいだに溜め息がもれていたけれど、奥からうごめく電子音が、心のうちの叫びなど、何ごともなかったかのように掻き消してしまっていた。
以前に勤めていた化粧品会社では、接客や営業を主にやっていて、押しが弱いから向いていないという、周りの見立てをみごとに裏切る、自分でも驚くくらいの好成績を、私はおさめていた。特に、
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