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「お、かあさん・・?」
わからない現状に歯切れ悪く母の名を呼んでも、その震えた拳は開かれない。
私より少し背の低い母は、スーツ姿の男達から庇う様に前に立っていた。
胡散臭い笑みを浮かべたまま話すその男たちは何一つ顔色を変えず、出来るだけ穏やかに声を出した。
「そろそろ諦める気になりましたかね」
「何、ねぇお母さん!何の話!?」
「おやおや、娘さんは知らなかったんですか」
母の肩を掴み揺らしても、振り向いてほしくて声を張り上げても母は私を見ない。
真っすぐ前を見て怖い顔を浮かべるだけ。
飲み込んだ呼吸は、冷汗と共に静かにただ静かに細く吐き出された。
「帰ってください。貴方達と話すことはありません」
「お、かあさ・・」
「警察、呼ばれたくないでしょう」
外気温は確かに温かく、太陽もその日差しを惜しみなく差し降らしてると言うのに、半袖の私が感じているのは寒気と湧き上がる焦燥感だけだった。
何のことだか分からないのに、見に感じている不安だけが太陽の下で影をゆっくり動かす。
勝ちを確信しているかのように薄ら笑いを崩さない男達は、警察という言葉を聞いて僅かに眉をひそめた。
それは、警察を呼ばれたら分が悪い為に動いたのか、それとも別の意味があるのかも読み取る事は出来ない。
「仕方ありません、こちらとて休日出勤なのでまた伺うとします」
「・・・」
「しかし、残念ながら私共の方で承諾書は受け取ってます故、もうどうにもなりませんがね」
「帰ってください」
毅然たる態度を崩さなかったのは母も同じだった。
ただ一度たりとも私を見なかった母は、その言葉だけで恐ろしいほどの威嚇を見せる。
男達は去り際に色々言葉を紡いではいたが、その一瞬に不愉快な表情を浮かべた。
そして母に向いていた視線は意味ありげに私に向けられる。
何か言われるのかと身体が強張ったが、何を言われるわけでもなく目を細められすぐ離された。
「・・ねぇ、お母さん」
グラウンドに三人分の靴跡が残る。
小さい園児の足跡とは全く違う、大人の足跡。
最後の一人が門をくぐるまで母は前だけを見続けた。
その影が視界から消え、いつもと変わらない風景だけが瞼を動かすのに、体を走る身震いだけは治まらないままでいた。
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