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「ごめんね、怜」
太陽に雲が掛かり、ワントーン暗く映ったグラウンドと母の背中。
雨が降るわけでもない、陽が沈むわけでもないただ僅かな暗さの中で俯いた母がか細い声でやっと私に意識を向けた。
「何があったの・・?」
「ごめんね」
「ごめんじゃ分からないよ!ねぇ!話してよ、今の人たちは・・」
同じく握られている拳はあの男達に対してではなく、私に対する罪悪感だろう。
私は、真実を話してくれない母にそれを問い詰めるかの様に言葉を吐き続けた。
安堵する言葉なんて求めていない、ただ私の知らない全てを聞きたいだけ。
母に向き合う様に立ち両腕でその肩を揺らした時、俯いたままの母の真下の土が色を変えた。
「れ、い・・ごめんなさいね」
一滴、二滴。濃くなる土の色は雨粒なんかじゃない。
その色を見て揺らしていた肩から手を離した。
そして、今度はその肩にすら触れることができない。
決して臆病になったわけではない。
初めてかもしれない母の涙は私が泣くことを許しはせず、一人で全部を抱え込んでしまったであろう重さに気持ちが耐えることができなくなったのだ。
「お母さんね、間違っちゃったのかもしれない」
「ゆっくりでいいから話して?あの人たちは、誰?」
「・・・先月、裏の雑木林に、都市開発の話がでたって・・あの人達が此処に来たの」
辛そうに絞り出される声は聞く分には申し分ない大きさだが、声帯が故意に震えているせいか息継ぐタイミングを忘れて何度も途切れながら私の耳に届いた。
吸うだけの呼吸を数回繰り返せば、今度は息苦しさで発作でも起こしかねない勢いで息を吐く。
大丈夫だと言って落ち着かせたくても、真意を探る私の心中は母を宥めることをしなかった。
「大型スーパーらしくてね、利便性を踏まえて、ここも活性化するんじゃないかって・・」
「だって、裏の雑木林はうちの土地じゃ・・」
「えぇ、違うわ。でも周囲の商業施設に承諾を貰い歩いてるって言ったの」
確かに、幼稚園と併設されている住居の裏手には、入った事は殆どないがそれなりに大きな敷地が雑木林として存在していた。
手入れもしていなければ、誰の所有物なのかも分からない。
それでも僅かな住宅地と他の商業施設が周辺に立ち並んでいる立地の中にある雑木林は、その存在価値は低い。
偶に、探検ごっこか何かで入り込む小学生の遊び場程度の筈なのに。
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