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「でも、あいつらの目的は違ったのよ」
「え?」
「裏の土地と・・この辺一帯の、」
覗き込んだ母の顔は頬に一つの線を残してその瞳が揺れている。
やっと上げられた顔は悲しさや怒りよりも悔しさを滲みだし、私を真っすぐ見つめた。
今度は大きく息を吸ってから吐かれた言葉は、風の音にも邪魔されない。
「すべての土地を買収する事、だった」
区画で区切ればその一帯に存在する家屋は微々たるもの。
小さい商店や、自転車屋、商店街と言うには無理のある周りの建物はその雑木林を含めれば大型店舗を作るにはもってこいだろう。
ただ、そこに居住する人の気持ちを考えなければの話だ。
「ど、ゆこと」
「都市開発に指定された敷地は・・この辺りすべての敷地」
「だって、周りの人達だってそんなこと」
「みんな、騙されたの」
最初に確認するべきだった、ちゃんと読まなかったのが悪い。
そう言われてしまえば何も言い返すことはできなかったと母は唇を噛み締めた。
口頭で説明されたのと全く違う内容を記した“承諾書”と言う名の土地売買に関する表明証書。
騙されたといくら喚いたところで、そこに書かれた名前と捺印に間違えはない。
「それじゃ・・」
「勿論、土地の売買だものお金は入るわ」
「この幼稚園はどうなるっていうの!?」
裏手の雑木林だけの話だと思って承諾した紙切れは、全部を奪い去った。
今はもう居ない父が残したこの幼稚園も、私たちの自宅も。
「このままでいったら、無くなってしまう・・」
「だってこの幼稚園は、お父さんが・・おとう、さんが」
「えぇ・・。でも、違約金を払えば、そうすれば」
「違約金?」
もう頭の中がごちゃごちゃだった。
母の話す内容は理解してる筈なのに、それに対して考え付く事全てが何の意味を持たない。
話の流れだけを理解していくうちに不快な嗚咽が漏れ出そうなほど気分が悪い。
「・・いくらなの、それ」
全部大切にしてきた。
この古ぼけた園の看板も、大した遊具もないグラウンドも、一本の加賀紅の樹も。
走り回る子供にとって綺麗や新しいなんてどうでもいいのだ。
ただ楽しく、笑って一日を過ごしてくれればそれでいいのに。
「ご、ひゃく・・まん」
お金で買えない大切な物とは何だろう。
平凡な暮らしと家族の存在、私を先生と呼ぶ可愛い園児たちの可愛い声。
胸を張って言える、お金だけじゃないと。
「五百万・・」
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