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道路脇にある小さな地下通路への道が一つ。
小さな看板には≪出口3≫の表示と、白く光る蛍光灯の明かり。
吸い込まれるようにそこに入った私たちは、それぞれ路線が違う地下鉄の改札に向かって歩き中間地点で散り散りに離れた。
「またねー、また誘うから」
「今度はマシなのにして」
「年上!年上以外の誘いは要らないからー」
手を振って、交差する人も気にせず思い思いを口にすると前を向き歩き始める。
腕時計を確認すると、乗り継ぎの最終バスに間に合うギリギリの時間を指していた。
改札内に設置されている電光掲示板には、次に来る車両の進行表示が流れるように映し出されている。
前の駅を発車したと表示されている文字に、やや小走りになりながら階段を下った。
「・・間に合いそう」
出掛けるときにしか履かないヒールは、転びはしないが相当歩きにくい。
下る階段も踏み外さない様にと終始俯いたまま降りた。
私と同じく次の車両に乗り込みたい人たちが同じように小走りで階段を下っている。
中段付近で聞こえて来た車両が到着する音は一瞬だけ心拍数を上げた。
幸い、大きい駅だ。
車両から降りる人の時間を考えたら十分間に合う。
「あ、っすみません・・」
車両から降りてくる人の波と、それより遥かに少ない乗車する人たち。
ちゃんとホームで待っていたわけではない私は、その波に阻まれ思う様に前に進むことが出来なかった。
でも、と身体をねじ込む様に前に進めば、人の肩に鞄がぶつかってしまう。
反射的に謝ると、謝った筈の人はもう誰だか分からなくなっていた。
諦めた方が早いのに、この車両を逃せば家の前まで走るバスに乗り損ねる。
最寄りの地下鉄駅から私の家までのタクシー代は二千程度だ。
・・ギリギリ、いける!
降り切った階段から開いている車両のドアまではそう遠くない。
慣れないヒールでも十分間に合うと確信をした。
ふぅ、と吐き出した息に力がスッと抜ける。
そして、あと一歩。
出発を知らせるブザーが鳴り響く中、滑り込もうと足を踏み入れた時。
私の身体は車両の中にではなく、ホームの方にゆっくりと倒れ込んだ。
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