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「お客様のご希望額は、無理ですね」
まただ、また同じ言葉だ。
低めの椅子に、低めのカウンターに座って真向かいに居る職員の口元を見つめる。
何度目かの同じ言葉を聞く耳も、もう期待を打ち破る事はなくなった。
「いくらなら・・できますか?」
「せいぜい50万でしょうか、楓崎様の収入では500万のご融資は・・」
「そ、そうですか。ありがとうございました」
空調が完備された室内は、開いた自動ドアの向こうにある暑さを余計に強調させた。
出頭に見上げた看板に溜息が大きく零れる。
「ここの銀行も駄目か・・」
簡単にお金を貸してくれるとは思っていなかったが、既に近場の金融機関すべてに断られているとなると心も折れる。
家業の手伝いをする私の収入じゃお金を貸してくれる機関も顔をしかめた。
お昼をとっくに超えた時間帯に、胃が音を立ててしぼむ。
お腹がすいたと思っても今の状況に外食をする勇気もない。
お金を使う事にこんなに躊躇するのも初めてだ。
「次で今日は最後にしよう」
立ち並ぶビルはいくつかの金融機関を連ねていた。
横断歩道を渡った先にある看板に目星をつけ、信号が赤から青になるのを生きた心地のないまま見つめる。
白く等間隔で色付けられている横断歩道も、その白さに反射して映る太陽の光さえも今は忌々しく感じてしまう。
きっと、また同じ事を言われてしまうのだろう。
同じ理由で同じ言葉で、また溜息を吐きながら自動ドアを抜けるのだろう。
融資の為の申し込み用紙に何度、名前と住所を書いたのかなんて数えるだけ虚しくなる。
結局、名前などの個人情報なんかより、今の置かれている立場なんかより
目を光らせて見られるのは収入欄の数字だけなんだとここ数日で嫌でも学んだ。
「・・・」
それなら、何も変えられない事実しか見られないならどこに行っても絶望するだけ。
青に変わった信号機を認識していても、絶望から逃げたい私の心が道路の白を踏もうとしない。
邪魔だと言われるかのように肩にぶつかる人も、こちらを振り向いて嫌な顔をする。
泣いて、しまいたい。
数秒止まっていた呼吸が息苦しさにその動きを取り戻すと同時に目頭が熱くなった。
駄目だと思ってもその熱は止まらない。
そしてまた赤くなってしまった信号機を目にしたその時、プチンと何かが切れた音が脳内に聞こえてその場にしゃがみこむ寸前まで心が折れた。
「怜、さん?」
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