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もう少しだった。
あと少しでその場で声を上げて泣くことができた。
全部諦めて渡るはずの横断歩道から目を背けて、泣けば楽になった。
「・・え」
「怜さんだ、久しぶりだね」
「結城、くん?」
がくんと力の抜けた足がコンクリートにぶつかろうとした時、予想外に聞こえた自分の名前に再び力が入った。
残念な事にしゃがみこむことを止めた私の身体は、声の聞こえた方に首を動かす。
震えてしまう手は何に恐怖しているのか分からない。
「いやー、俺怜さんの連絡先聞いてなくてさ」
「・・・」
「どうしたの?具合でも、悪いの?」
「い、いや。ちょっと今、忙しくて」
「へぇ」
全身に寒気が走った。
結城が優しい事を知っていたからこそ、出来るだけ早くこの場から立ち去りたかった。
迂闊な事を話してしまいそうで、素直な言葉をかけてくれる優しさに縋り付いてしまいそうで。
関係ない結城に、関係ない話はするべきじゃない。
「忙しいって、銀行巡りで忙しいってこと?」
「なっ・・」
「結構前から怜さんには気づいてたんだけどさ、さっきの其処から出てくるので今日3つ目?」
「見てたの・・?」
大柄な体の結城は一歩だけ距離を詰めた。
横目で信号機を見ても、まだ赤いままで多くの車がひっきりなしにスピードを緩めることなく走っている。
無い筈なのに背中を壁に追い詰められているような感覚に結城は今までと同じように柔らかく笑った。
「見てた、って言うか偶々?」
「でも、3つ回ってた時間だって結構・・」
「ねぇ、怜さん。俺お腹空いてるんだよね」
「・・・」
「ご飯、付き合ってくれないかな?」
肩に結城の手が触れ、反対の手は私の腕をぎゅっと掴んだ。
見上げれば、当たり前に結城の顔が目に映る。
「ね?いいでしょ、こんな所で立ち話もどうかと思うし」
「・・私、忙しいって言ったと思うけど」
「怜さん、無理だよ」
「え?」
真横に立っていた人がゆっくり歩きだしたのが見える。
きっと赤かった信号機が青に変わったのだろう。
ぞろぞろ歩き出す波は、私達を避ける様にそして何もないかのように横を通り過ぎていった。
「銀行なんかより、俺の方が助けてあげられる」
「結城くん・・」
「ね、ほら行こう。あと君付けは駄目だって言ったよね」
「・・・」
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