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腕から腰に回ったその手は、前に押し出す様に私の体を無理矢理動かした。
コツコツ鳴るヒールの音に何をやっているのだろうと考えさせられる。
どうして私は意図しない場所に向かって歩き出しているのだろうと。
「怜さん、何食べたい?」
「・・なんでもいいわ」
背は低い方ではないが、結城が高くて助かった。
前だけを見ていればその顔は視界に入る事がない。
「じゃあ、明るい所と暗い所どっちがいい?」
「どうゆう意味?」
「店の照明の話」
「・・暗い方」
いつになったら腰に回された手は離されるのだろうか。
この前は合わせてくれなかった歩幅も、今は私の歩幅に合わせて歩いてくれている。
下手な優しさなんて今貰っても嬉しくはないのに。
「じゃあ、すぐそこにいいお店あるから其処にしようか」
指さされた建物は何てことないビルだった。
幾つもの店名が書かれた看板が目に映ってすぐに視界はコンクリートに変わった。
前を向いて歩くのも辛い。見上げることはもっと辛い。
「ねぇ、ごめんやっぱ帰るね・・」
「どうして?」
「ごめん。笑ってご飯食べれる気分じゃないの」
止まった足は結城の足までも止めた。
店に近づくにつれて歪み始めた視界は、貧血でも熱射病でもない。
コツっと響く音が脳内に直接届き、その音が響くたびに身体が冷たくなった。
「俺には話せない事なの?」
「関係ないから、だから・・話したくない」
「関係あれば話してくれるんだ」
「な、に」
「いくら必要な訳?」
パンッ、とヒールの音じゃないものが耳に届いた。
それは衝動で感情的になってしまった私の掌を痺れさせる。
はっと気が付いた時にはもう遅く、髪を乱して頬を抑える結城の姿。
「関係ないでしょ・・、どうしてそんな事・・っ」
これ以上深追いしてほしくなかった。
軽々しく貸してもらえる額を背負ってるわけでない私にとって結城の言葉は激情させる起爆剤にしかならなかった。
守るためにはどんなことでもしようと言う執着心がまだ出来上がってなかったからこそ、その言葉に腹が立った。
「貴方に借りを作る気は・・無いから」
「言ってる場合なの?」
「・・は?」
「悠長にそんな事言ってる場合なのって聞いてる」
引っ叩いた拍子で横に向けられていた顔がこっちを見た。
ほんのり赤くなっている頬と一緒に緩く話していた結城の口調が一瞬で変わった。
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