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守れるならそれでいいと、私が大切にしていた全てを。
了承の言葉を口にした私の目は真っすぐに結城を捉え逸らされることは無かった。
「賢明だと思うよ」
引っ叩いた頬を人撫でした結城は薄っすら赤い色を残したまま伏目がちに笑う。
その笑みにも背筋がざわついた私は、全身に走る悪寒を止められない。
男の人をこんなに怖いと思ったのは初めてだ。
「それは・・どうも」
この人懐っこさと陽気さに騙されていた気持ちになる。
緩く伏せられた目は思い通りになる現状をとても楽しんでいるようにも見えた。
逃げ場のない私にとって結城の言葉は思いがけない転機にも思えるが、頭の中を探っても決定的なものが何もみつからない。
きっと私は人を信じることに恐怖している。
「車あっちにあるから行こうか」
「えぇ」
「そんな硬くならないで、怜さんにとって一番の近道になるはずだよ」
示された先には車が一台止まっていた。
前に乗った車とは別の色、形の車は路肩に停められ、運転席にはもう一人知らない人間が座っている。
結城が手ぶらだったのは送迎の車があったからだと気づいた時には、私のやや2時間余りの銀行巡りの経緯を知っていた意味がようやく繋がった。
「あなた、よくもまあ偶々だなんて言えたわね」
「あれ、バレた?」
「何を考えてるの・・」
「それも、家行ってから話すよ」
白々しさを微塵も残さず結城は鼻で笑う。
私の行動を意図的に観察していたと認めた結城は車のある方向へ私を導くように歩き始めた。
行こうとしていた飲食店の看板横を通り過ぎ目当ての車に徐々に近づく。
車の真横に立った時に不意に足が竦んだ。
「どうぞ」
結城の手で開けられた車の扉の中をまじまじと見つめる。
昼の明るい時間帯の割に暗く映った車内に一歩踏み入れるのにも決意が必要だった。
この領域に踏み込んだらきっと戻れない。
腰に当てられた結城の手が僅かに私を押す。
急かすわけでもない、強引な訳でもない強さで押された腰は、私の足を動かしジリッと音を立ててコンクリートを踏む。
「迷ってる?」
「いいえ、乗るわ」
「そう、頭気を付けて」
自分可愛さで迷っているのであれば、それは無責任だと言い聞かせて再び押された腰に素直に足を上げた。
跨ぐように車内に入る足。
腰を屈めて頭を低くし体半分が入り込んだ時、一回だけわざとらしく息を吐き捨て後部座席に腰を下ろした。
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