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「・・痛、たた」
座り込んだ様に倒れた身体はホームに何の受け身なく投げ出された。
お尻の下には視覚障害者用に設置されている黄色いタイルが食い込む様に感覚を残す。
一瞬にして起こった身の不幸は、暫くその現状を理解できなかった。
ただ一つ確実に分かったのは、先ほどまで停車していた車両はもうどこにも見当たらないと言う事だけ。
「もう、なんなんですか・・」
「す、すみません!」
「あー!!地下鉄!!」
私に覆いかぶさる様にして降りて来た人は、自身が置かれている立場を理解したのか慌てて私から身体を離した。
そんな事どうでも良かった私は目の前の地下鉄を逃し、最終の乗り継ぎバスを逃したことに酷く落胆した。
「次の地下鉄すぐ来ると思いますが」
「乗り継ぎが最終だったのよ!もう・・タクシー決定」
「そのお金俺が払います」
「・・要らないわよ、急いでるんじゃないの?もう行ったら?」
溜息を吐いて立ち上がり、衣服に付いた埃やら汚れを払う様に叩く。
声からしてぶつかってきたのは男だ。
そして私が放った言葉に慌てて財布を取り出す素振りを見せている。
衣服の汚れを気にしながら放った言葉は結構キツイものだったかもしれない。
それでも自分に降りかかった不幸に比べれば自業自得だろう。
「あの・・」
「いいって、私は急いでないし、ちゃんと前を見てなかったから」
「いえ、俺急いでるわけじゃないんです」
「じゃあ寝過ごしそうになったの?」
「・・それも違います」
ハッキリしない答えばかり返ってくる。
どっちでもいいから早くどっか行ってくれ、じゃないと八つ当たりにも似たことをしてしまうからと願ってもその男性は急ぐ素振り一つ見せなかった。
逆に乗っていた車両が目の前から立ち去って少しだけホッとしてる様に見える。
「じゃあ、何」
「逃げてきたんです」
「は?」
「あ、そうだ。お詫びにこれから一軒ご一緒させてくれませんか?」
文字通り意味不明な言い訳を口にした男は持っていた財布をそっとしまうと私の腕を掴んだ。
ぞわっと一気に立ち上がった鳥肌に、吃驚して跳ねた肩。
恐る恐る顔を上げると、そこには短髪だが少し癖のついた黒髪に鼻筋の通った小綺麗な顔があった。
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