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なぞられた顎がグイッと上に上げられた。
見下す様に私を見る結城の目を、恐る恐る逸らした目で確認する。
檻の中に閉じ込められた私の周りには逃げ道は用意されていない。
檻の中で足掻くか、檻から出る為にこの手を甲斐甲斐しく掴むか。
「ここからはビジネスだ」
「貴方、胸の内は本当に真っ黒ね」
「ビジネスになれば容赦はしない、手も抜かない、手段も勿論選ばない」
いつもなら簡単にこんな手叩き落せるのに、叩き落とすことを許されない威圧感が私を追い詰めた。
勝ち誇った顔を見せる結城に良い感情は抱かないも当たり前だが、現実問題私には勝ち目なんてどこにもない。
「それで・・、貴方は満足なの?」
「え?」
「私の気持ちが貴方に向かなくても、それで満足するの?」
「別に気にしないかな。俺は怜さんが俺のものだっていう事実だけで満足だよ」
いつの間にか涙は枯れきっていた。
虚しいくらい中身のない取引だと気づいた時には、不思議と腹の底から湧き出る笑みで声を上げていた。
馬鹿らしい、その言葉が頭の中を巡るだけで。
「何が可笑しいの?」
「いや、虚しいと思わない?」
「そう?感情なんて後から着いて来るよ」
「へぇ・・自信があるってこと」
「まあね、」
一通りの会話を終えた私は、顎元を掴んでいるその手を音を立てて叩き落した。
やっと首が元の位置に戻った時に感じたうなじ付近のだるさ。
首裏に手を当て左右に振ると、煩わしさを残したまま冷めた視線で結城を見る。
「いいわ、貴方のものになってあげる。その代わり・・」
「何?」
「私の家、そして同じように騙された周りの人達全てを守る事を約束して」
「あっははは、本当に義理難いねー」
声を荒げて笑う結城を黙って見つめ、了承の返事のみを待った。
一つのソファーの上で繰り広げられたビジネスは、私の感情一つで呆気なく終わりへと向かう。
この身で全てを守れるなら安い、自分を犠牲にしてでも守ると決めた意思を思う存分に尊重できる。
「答えて」
「いいよ、その代わりこっちも追加条件を付けさせてもらう」
「なんだって聞くわよ」
「怜さんの家は、今日から此処」
床目掛けて突き刺された指はこの家全体を含めて提示された。
安易すぎる条件に喉を鳴らして息を飲むと、それを皮切りに強く見開いた目でその指を見下した。
「そう、貴方がそれで満足するなら」
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