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真っ白な部屋には真っ黒な感情が飛び交って、綺麗に見えるものが何一つなかった。
正直な話、好都合だと思ったこのビジネスに内心笑っていた私も相当腹黒い。
これから何を要求されるか分からないのに。
五体満足に生活すら許されないかもしれないのにだ。
「怜さん、そんなに気張らなくていいよ」
口元は笑っているのに、幸せの欠片も感じない空間に吐き気がしそうだった。
伸ばされた手で触れた頬も体温を失い冷たく石像の様。
この温もりを暖かいと感じるには少しばかり時間が必要らしい。
「ねぇ、私は・・園に行ってもいいの?」
「勿論だよ、今まで通り働いてもらって構わない。でも」
「でも・・?」
「帰ってくるのはこの部屋だ」
少し低い声で刻み付けられた“当たり前”に肌がざわついた。
嫌だと言ってはいけない、結城にとってお金より価値がある私という存在は笑うだけの人形で居なければいけないと言うのだろうか。
絶対的服従、面白みも無い空想の様な設定に生きた心地すらしなかった。
「それは、分かってるわ」
「そう、ならいいけど」
大きなお屋敷で、使用人だってきっと見たことが無いだけで何人もいるのだろう。
私が此処で何かをしなければいけない事なんて何一つない。
だからと言ってオブジェクトの様にソファーに座っていていいわけでもない。
大体、予想くらいついている筈なのに。
敢えて聞いてしまうのは私の臆病からくる弱さかもしれない。
「私はここで何をすれば・・」
「ん?そうだなぁー、怜さん料理はできる?」
「え?・・い、一応」
「朝食と夕食、まぁ、朝食って言っても俺は珈琲くらいしか飲まないけど、あとは洗濯と掃除かな」
うーん、と考え込む様な素振りからひねり出された結城の言葉は家政婦の仕事そのまんまだった。
身を削るの言葉がただの労働にしか聞こえない要求はざわついた肌を一気に落ち着かせ素っ頓狂な声を出させる。
「・・・そ、それだけ?」
「今の所はそんな感じかな? なに、やらしいの期待した?」
「正直、体を要求されるのかと思ってた・・」
「許されるならそうしたいけど、それは怜さんの言った虚しさに一直線だと思わない?」
私が馬鹿にしたように笑って言った単語。
それでもいいと言ったくせにそれを気にした結城は今度は綺麗に笑った。
この真っ白な部屋で綺麗と思えた唯一の笑顔だった。
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