包丁

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包丁

 料理が苦手だ。というか、そもそも料理自体をした記憶がほとんどない。  調理の記憶といえば、せいぜい学校の授業くらい。それもほぼ人任せだった。  今時、外食だって出来合い品だって、何でも食べられる物はある。だから料理なんてできなくても問題はない。  とはいうものの、普通は、女の子なんだから少しくらいは…というのが世間の一般論だろう。  でもウチは、母親が私に料理の手伝いを望まなかった。  掃除や洗濯、他の家事などはいくらでも教えてくれたのに、料理だけは手伝えと言わないし、なんなら、台所に向かうだけで追い払われもした。  不思議だったけれど、子供の頃からそういう扱いだったので、自分は料理は覚えなくていいものだと信じた。  だけど、したくないと思っている訳ではなくて、将来的には覚えておくべきではと、常々そう思っていた。  そんなある日。  その日は朝から用事で両親が出かけていて、帰って来るのは夜遅く。家にいるのは私だけという状況だった。  こういう時は昔から、何かを買ってきたり宅配を頼むようにしていたけれど、たまたまテレビで見たつくりたてのごはんがおいしそうで、少しくらい作ってみようかと、そんな気が俄然沸いた。  レシピ本は台所にあるし、食材や調味料も揃っている。  難しい物なんて作る気はないから、包丁や火にさえ気をつければ私にだって、何か一品くらいは作れる筈。そう信じてキッチンに立ったのだが、すぐに異変に気がついた。  いくら経験がないといっても、母親が料理をしているところは見ている。だから下手なのに包丁も少しは使える筈だ。  そう思って握ったら、包丁が手から離れなくなったのだ。  今まで触ったことがないから、緊張して手が固まってしまったのだろうか。最初はそう思ったけれど、どんなに頑張っても包丁を話離すことができない。しかも、私は動かそうとしてないのに、手首の方を持ち上げるように勝手に包丁が上がっていく。  目の位置まで包丁が上がる。その鈍い刃の光の中に、こちらを見ている人間の目があった。
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