歪天秤(ひずみてんびん)

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「なあ、お前今何考えてる?」  どこからか人の声が聞こえてきたかと思えば、突然見知らぬ男が目の前に立ち塞がった。あまりにも突然だったため、ついその男をまじまじと眺めてしまう。  女みたいに伸ばした黒い乱れ髪。髪と同じく真っ黒な瞳。見るからに硬い素材でできた黒い上着。裾がやけに長く、太ももの途中まで垂れ下がっている。しかも彼は前を閉めていない。「体を隠す」という服本来の役割をなしていなかった。上衣と同じ素材でできているであろう細身のズボンは皺一つ寄っていない。  まるでどこぞのビジュアル系ミュージシャンみたいな出で立ちだ。どこかで会っただろうか。思い出せる限りの顔を順に思い浮かべてみるが、該当者はいない。知り合いではなさそうだ。だとしたら取るべき行動は一つ。  無言で目を伏せ彼の横を通りすぎようとした。 「ちょっと待てやぁ!」  しかしたちまち暴言が飛んでくる。短いながらもなんともわかりやすい横暴だ。  それに釣られてうっかり足を止めてしまう。無視して立ち去りたかったが止まった以上仕方がない。  私はもう一度男を見た。見れば見るほどビジュアル系にしか思えない。特に肌蹴た前身頃。同性の私でさえ目のやり場に困るのだから、たおやかな淑女などは一切目を合わせないのではないだろうか。 「何見てんだよ」  黒い男は不機嫌そうに睨みを利かせる。そんな顔をされても呼び止めたのはそちらだ。私からは何も言うことはない。
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