第一章

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 たかしくんは、ずるいの。ママがわらわないなんていって、えをかかなかったのよ、と家に帰った佳奈が頬を膨らませて話すと、両親は眉を寄せた顔を見合わせた。そして、佳奈にも分かる憐れみの表情で、鷹志を擁護したのだった。 『鷹志くんのママは病気だから、本当に笑わないのかもしれないよ』と。 両親との会話を思い出し、そして今、『母の日』の事を知らなかった鷹志の、何か縋るような顔を見ていて佳奈は思いついた。 「お花をもらったら、たかしくんのママも笑うかも?」 おばあちゃんも病気だったけど、お花をもらうとものすごくうれしそうにしていたよ、と佳奈が付け加えると、鷹志の声が少し明るくなって問い返す。 「おばあちゃんの病気は、なおったの?」 「ううん、しんじゃった」  鷹志の期待に反した答えを、佳奈はあっけらかんと返した。 「鷹志くん、大丈夫か?」  花屋からの帰り道。上り坂の途中で、とうとう立ち止まってしまった鷹志を振り返ると、血の気を失って呼吸が苦しそうだ。驚いた至聖は、小刻みに震え出した鷹志を石垣に凭れさせて、自分の影で陽射しを遮った。 (いったい、どうしたんだ?)  至聖は、鷹志の突然の変調に戸惑いながら携帯電話で叔父を呼び出そうとした。だが、鷹志の掠れた声が、その手を止めさせた。 「……、や、……やだ」  至聖は一旦、携帯電話をポケットにしまい、鷹志の前にしゃがんで顔を覗き込んだ。焦点が合っていない鷹志の目に、至聖はますます混乱するしかない。 「いやって、どうして?」 「……、ま……ま……」  ま、ま……?  その時、至聖は、鷹志の視線が豪華にラッピングされた赤いカーネーションを虚ろながらに捉えていることに気づいた。 (ママ!?)  まさか、母親の事を思い出して、こんな状態に!?  「いや」と言ったのは世良田の家に報告されることではなく、鷹志の頭の中で母親の最期が再現されているせいなのか?
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