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「中林さんに、カーネーションをあげよう」と目的を明かした至聖は、瞬時に体を固くした鷹志の反応に気づいて少し怪訝そうに眼を細めた。
中林は世良田邸の家事に従事する五十代の女性で、鷹志や至聖も世話を焼いてもらっている。母の日に日頃の感謝を込めて花を贈ろうという他愛もない提案。鷹志も至聖も、母がいない。
「うん、……はい」
四つ年上の至聖に気を遣って返答を言い換えたが、鷹志が精彩を欠いているのは明白だ。中林を母親の代わりにして花を贈る事に気が進まないのかと推し量った至聖は、少し突き放す語感で言い添えた。
「嫌なら、俺だけで買いに行くけど?」
至聖の煩わしげな様子に気づいた鷹志は表情を一変させ、少し垂れ目の茶色い目を輝かせて笑った。
「ううん、違うよ。誘ってくれて、ありがとう、至聖さん」
至聖は少し厭きれたように、けれど、どこか「ほっとした」感情が湧いてきたのを隠して、また芍薬の花群れに視線を落とした。
「待ってて、至聖さん。お金、持ってくる」
芍薬の花の合間を縫って隣にやって来た鷹志の面はゆげな笑顔に、至聖は少しバツが悪い。実は、叔父の興津に鷹志を誘うように言い含められて来たからだ。それも面倒臭いと思いながら。だから、誘われた事が嬉しそうな鷹志の顔がまともに見られない。
「お金は、いいよ。その代わり、鷹志くんがいい花を選んで。俺はよく分からないから」
「……、はい」
鷹志が笑みを含んだ返事をするまで躊躇した少しの間に、踵を返して先に歩き出した至聖は、後についてくる鷹志が唇を噛んでいた事を知らなかった。
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