第1章

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「誰か助けて!」 彼は部室内で逃げていた。日差しが強くなり、間もなく夏休みが始まろうとしてたある日、 「いい、目立つ売り子ってのは重要なのよ。いくら絵がうまくても、所詮うちらは壁連中には遠く及ばない無名集団。ならば売り子で目立つのも一つの手なのよ」 と言って、部長が拘束具のようにメジャーを手に彼の女装用の衣装の採寸をしようとして、それから彼は逃げていた。 「いや、あの、そもそも売り子と俺の女装が、どういう関係が」 「あんたは背が低くてかわいいからきっと似合う。絶対にウケル」 「そんなの知りませんって」 「この夏の売り上げの一部が部費になるの。うちはそういう部なのよ」 「だから、部費のために女装しろと」 「あんただって部室に置いてある漫画雑誌読んでるでしょ。その購入資金の出どころは夏と冬の祭りからなのよ。つまり、今度の夏の祭りで売り上げが低ければ購入できる雑誌も減るのよ。ま、そんなに嫌がるのなら、男子が女装する代わりに女子は男装するってのは、どう? これなら、公平でしょ」 「女装するくらいなら、部費なんか知ったことじゃないです」 男にとって女装とは、名誉なことではない。友人知人に知られたら笑われる類ものである。彼はついに部室を飛び出そうとしたが、ちょうど副部長と出合い頭にぶつかりそうになる。 「あ、捕まえて」 部長がすかさず命令し、彼より背が高く、バレー部も兼任している副部長ががっしりと捕まえる。 「え、ええ・・・」 彼は驚いたが部長から事情を聞いた副部長は、「なら、仕方ない」と彼を部室内に連れ戻す。 「体育会系の部活と違って文系の部活は始めから予算が少ない、スポーツの方が派手で、こっちは地味だからな」 副部長が、彼を説得するようにいう。 「男子が女装で、女子は男装で売り子、いいじゃないか、公平で」 副部長が同調し、彼の目線が助けを求めるように同じ一年生部員の私を見るが、私も副部長と同じ感覚で、いいじゃないか女装くらいという顔をしていた。 彼は文芸部唯一の男子である、はじめから味方がいるはずなかった。
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