第1章

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 初対面の人に対する口の聞き方など知る由もない悠の物言いには、大概のものがあった。しかし、相手は意に介することもなく少しだけ身を屈めると口を開いた。 「人に名前を聞くときは、まず自分から言うものなんだよ」  子供らしく、知っていることをひけらかすように喋る。あまつさえ、目の前に人差し指を突き立てられて悠は怒りで頬を真っ赤に染めた。 「いっ…一年三組、朝比奈悠!」  両の拳を握り締めて、仁王立ちの体で悠は答えた。 「よくできました…ぼくは斗眞、月ヶ瀬斗眞だよ」  お兄さんぶった、からかいを含んだ言い方が腹立たしいことこの上ない。それでも、そう答えた彼の…斗眞の笑顔につられて悠も睨むのだけは止めておいた。 「何組だよ?オレ、ちゃんと言ったんだからな」  その正直な様子が、一層斗眞を増長させるだけだと悠は気付かない。桜を見るのも人と話すのも、とにかく悠は一生懸命なのだ。 「同じだよ…三組」  それを聞いて、敵外心を丸出しにするのは不利だと思ったのか、悠は拳を開いた。 「一週間前、この町に引っ越して来たばっかりなんだ。まだともだち、いなくってね。よろしく!」  びっくりして、悠は斗眞を見上げた。差し出された手を握ろうかどうしようか、迷う間に母に呼ばれてしまう。 「はぁい!…オレ、行かなくっちゃ…」  悠の言葉に斗眞は淋しそうに瞳を曇らせた。それを見て、悠はなんだか急に嬉しくなった。大人っぽい彼が、子供っぽい表情を見せたからだ。 「心配すんなって、考えといてやらぁ!」  パシッと斗眞の掌を叩くと、ニコッと笑って悠は駆け出した。振り向きもしない。大きなランドセルにバランスを取られて、転びそうになりながら駆けて行く。そんな悠を見送ってから、斗眞はそっと溜息を付いた。 「元気だなぁ」  悠に対する斗眞の素直な感想だった。  悠の持っている当たり前の子供らしさは、斗眞がついぞ無くしてしまったものだった。だから、そんな誰かを見るにつけ、いつも妬ましさで自分が嫌になっていたのだ。  それなのに…。  それを感じさせないほど、悠の『子供らしさ』には嫌味がなかった。 「いいなぁ、一生懸命で…」  桜の木の下で、一生懸命に見上げていた悠を思い出して、思わず顔が綻んできてしまう。 『とぉ…まぁ…』  不意に悠に呼ばれた様な気がして、斗眞はビクリと身体を震わせた。そんな筈はない…と首を振る。 「とうまぁ!」
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