第3章 クローゼットの中の敵

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立山くんが呆れたような声を出してわたしを見る。 「最初からそこは別の話だよ。三階の高さまで平然と登ってきてさっと身をくらましたあんたの身軽さを見て仕事を頼もうと思いついたけど、身元を確認する時にあんたの今までのキャリアを見て、へえ、これなら組みたいなと思ったって経緯だからさ。なんか、本当に意外だった。手がけた舞台もそれぞれ全然違うのに、ガツンと印象的で。カッコいいなぁと思ったんだよ、単純に。抱き込もうなんて思ってない、全然」 「…そですか。なんか、…ありがとうございます」 なんか、お尻がむず痒い。変な話振るんじゃなかった。お褒めを強要しようってんじゃなかったんだけど。 「あんたも変なとこ気ぃ遣うな。あいつなんかまるっきり平然としてるぞ、明らかに抱き込まれてグループ参加してるのに。まぁ一応腕は確かみたいだけど」 誰のこと言ってるかすぐわかるぞ。わたしは海老カツバーガーからポロポロこぼれるキャベツの千切りを指先で集め、袋の中に捨てた。 「まあ、ヘアメイクはお座敷がかかれば駆けつけるのが基本だから。腕一本で身軽に渡り歩くから、スタッフの中でもわたしたちなんかとはちょっと感覚が違うんですよ」 こっちはどうしても一人で仕事が完結しないから、誰と組むかは止む無く重要になるけど。演目とか脚本、演出もなんでもいいってわけにはいかない、請負仕事だから贅沢は言えないが。その点あいつの仕事は一番大変なのは当日ってくらいだからね。まあ、衣裳やりたいってずっと言ってるから、そっちのサブも兼任することになりそうだけど。 「なるほどね。それはそうだな。…じゃあ、出揃ったらそろそろ全体顔合わせだな」 「了解です」 わたしは彼のカツサンドの袋といちご牛乳のパック、自分の空袋をまとめた。彼がひょい、とわたしの飲んだコーヒーの空き缶を持ち上げる。そんなの、いいのに、と慌てて受け取ろうとするわたしを気に留めずさっさと前を行く。 「ゴミ箱どっちかな」 「確か、あっちの自販機の横ら辺にまとめてありましたよ」 小走りに立山くんの後を追いながら考える。ちょっとどうなるかとは思ったけど、これで何とか日常に戻れたかな。あまり大変なことにもならなくてよかった。本来の学生生活に集中できそうだ。 何事もなかったように今まで通りの生活を。 …なんてほど、人生は甘くはないのだが。やっぱり。
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