第3章 クローゼットの中の敵

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こんなの、人間の身体にどうやって入るんだろう。 竹田はわたしの口を吸いながら呻いた。それから我慢できない様子でわたしの中に指を押し入れようとした。わたしは思わず声をあげそうになり、慌てて奴の胸を押しのける。ひやっとしたが幸いクローゼットの扉には当たらなかった。 『…駄目、無理。…怖い』 竹田の熱に浮かされたような光を帯びた目がわたしを見て、少し我に返ったようにみえた。そっとわたしを両腕で抱きしめる。 『…ごめん、そうか。初めてだもんな』 『うん』 『痛くしないけど。…こんなとこじゃ可哀想だな。今は我慢するよ』 わたしたちはどちらからともなく唇を再び重ね、お互いの身体を弄りあった。…ああ…、でも。これって。 すごい、気持ちいい…。セックスってこんなものだったんだ…。 『ちゆり、…すごい、濡れてる…』 『ああっ、だって…』 喘ぎ、竹田の身体に自分をすり寄せる。切ない。 本当は全部、欲しい…。 ふと外の音の変化に気づき、身体が我に返る。そっちでは第二ラウンドが今しも終わりそうだ。 「…あっ、いやっ、またいくぅ、いっちゃう…っ!」 「ああっ、真凛ちゃん、いいよ…」 わたしはすっと欲情が醒め、竹田の腕から逃れた。離れたがらず抵抗を見せる奴に向かって口に指を当て、静かにと示す。そっと屈んでクローゼットの隙間から手を出して再びミントタブレットを回収した。カメラレンズのある方をベッドの方向に向ける。終わったらしき気配の後、やがて二人が起き上がってごそごそ身支度を整える音がした。 わたしは心の中で深い深いため息をついた。…終わった…。 何かいろいろなものを喪った気がしないでもないが。そこは今、考えるのは止めよう。あとはとにかく何とか誰にも気づかれずここを撤収できるかどうかだ。 片手でそっと身繕いするが上手くいかない。竹田が察して手を入れてブラを直し、ベルトを締めてくれた。我に返った今、いろいろ言いたいことはあるがそれは後回しだ。 ここが大事。 「じゃあ。…すごくよかったよ、真凛ちゃん。また指名するね。君、本当に最高だよ。きっと人気出るよ」 反吐の出るような台詞を吐いておっさんが出て行き、部屋の空気が変わった。わたしは我知らず息をつく。 …ああ、終わった。あとはあの子が出て行けば、何事もなかったようにそっと竹田と二人でここを出て、何食わぬ顔でこの建物から離れる。それで何でもない日常に無事に戻れる…。
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