第3章 クローゼットの中の敵

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そう思ってミントの箱を胸ポケットに放り込み、身体の緊張を解いたわたしは我知らず跳ね上がった。竹田がわたしを守るように素早く抱きよせる。 クローゼットの至近距離から、女の子の声がした。 「そこにいる人たち。…さっきから、何してるの?ここに何の用?」 「じゃあ、そこにはさっきのわたしの映像が入ってるわけね?」 あの後、彼女の協力も得て周囲に人がいないのを確かめつつ我々は慎重に来賓会館から撤退した。ちなみにあのおっさんが泊まるのはもっと豪華な別の部屋で、あの場所は本当にやるためだけの場所らしい。一応バスルームもついているのだが、おっさんは一顧だにせずさっさと出て行った。恐らくもっと快適な自分の部屋に戻ってそこで済ますんだろう。彼女、真凛さんは普段ならあの部屋でシャワーを浴びるらしいのだが、今日はわたしたちのせいでそれどころではなかったみたいで、とるものもとりあえずあの場を一緒に離れた。ゆっくりお互いの事情を話そうと、今はスタッフ寮のわたしの部屋に三人でいる。竹田を部屋に入れる羽目になり無念だが、彼女を竹田の部屋に呼ぶのもなんかためらわれるし、女優寮に入れば記録が残るし、これが一番穏当な気がする。 改めてお互い自己紹介した。 「二年D組、舞台美術専攻の小川千百合です」 「二年A組。ヘアメイク専攻の竹田嘉文です」 あ、そういう名前なんだ。そう言えば初対面の時、脚本の後藤くんがこいつの下の名前呼んでたな。彼女は落ち着いた声で名乗った。 「三年六組、アクタークラスの藤波真凛です」 演者の学部ではクラスは数字カウントだ。ご承知の通りスタッフ学部ではアルファベットがつく。その名前の可憐さに思わず尋ねる。 「本名…、ですか」 彼女はわたしを見てちょっと笑った。 「本名よ、掛け値なし。源氏名じゃないわ」 わたしは赤くなった。そういう意味じゃなくて。 「…すみません。もう、芸名を使ってらっしゃるのかと思ったから。あんまり綺麗な名前だったので」 「ありがとう。親からもらった名前よ」 優しく微笑むその表情に、さっきまでのあられもない乱れた様子を思い起こさせるものは微塵もない。つくづく、セックスって不思議だ。 彼女はベッドにわたしと並んで腰掛けている。ひとつしかない椅子を譲るべきかと思ったが、竹田にわたしのベッドに座られるのは何となく嫌だった。彼女は考え込むように腕を組んだ。
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