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『うちにこない?』
そう言った君の声は、語尾が少しだけ震えていた。
それが何だか愛おしくて、君の手を振り払うことなんて、俺には難しかった。
意図的にだろうか、無意識にだろうか?
互いに名乗ることをしなかった。
こうして、君との生活は始まった。
君が住む部屋は、酷く殺風景だった。
ベッドとテーブル、小さい本棚。片付きすぎていて人の体温を感じられない部屋。
やたら存在感のある出窓に、クッションと数冊の本が置かれていた。そこだけが、君の生活の温もりを感じとれる唯一の場所だと思った。だから、そこは何となく居心地が良かった。
お互いに饒舌なほうでは無いらしく、距離をはかりあぐねていた。
俺自身、君に対する感情のありかを結論づけることは難しく……。
繊細そうな君を傷付けるのが怖くて、単純な欲望に流されることも躊躇ってしまう。
君のところに来てから、夜はずっと考えていた。
君のことを知りたいと思うけれど、対価交換が必要なら、俺には気軽に話せるような過去が無い。
微笑ましい家族とのエピソードすら無い。
そのことが、すごく歯痒い。
君との距離を縮めることが出来ない要因に思えて。
覚えているのは、父の背中ばかり。
父にとって俺の存在は、目を背けたい「現実」そのものだったんだろう。
父が持っていたギターケースにはギターが入っていなかった。かわりに入っていたのは母の骨。
母は身寄りの無い人で、父にも墓を買ってやる金がなかった。
俺にとっての子守唄は、父がギターケースを傾けると聞こえてくる、母の骨が転がる音だった。
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