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俺たちふたりを爆笑の渦に巻き込んだ武田が「じゃ、またなー」と帰っていって、数分。
パシャパシャと洗顔する智穂を後ろから眺めるストーカーの自分と鏡越しに目が合う。
丸めた背中から華奢な肩、細い首までのラインを見てるだけで、身体が熱く反応する。
初めてコレを自覚したのは、中1の時だった。
彼女と居ても智穂のほうが可愛いって思う自分に気づいた。それからは、智穂ひと筋。
中2の冬に告ったけど『無理』ってフラれて。けど、幼なじみの関係はずっと続いた。それは、心の広い智穂のおかげなんだけど。
普通なら、距離置かれるもんな。
だから、多くは望まないんだ。
智穂が大学を卒業するまでのあと2年間、一緒に暮らせれば。
あとで、いい思い出になるように――
「雪夜、お先。ごめんね、先に使わせてもらって」
濡れた前髪。まだ水滴のついた顔をタオルで半分隠して、俺に向けられる上目遣い。
はうぅ! 駄目だ!
あと2年じゃ足りねぇ! ずっと、ずーっと見ていたい!
「雪夜? どうしたの?」
「……あ」
違う。こんな時、いつもの智穂なら『どうしたの?』って聞きながらも、綿菓子みたいにふんわりと笑うんだ。
こんな、泣く寸前みたいな表情じゃない。
「わっ、雪夜? どうしっ……」
「『どうした?』は、お前だよ」
洗面台との間に閉じ込めてタオルを奪った。
「何でそんなにつらそうなんだ? 実習で何かあったのか?」
違う。本当は俺がウザいのかも。
俺と一緒に暮らすのが嫌なのかも。
けど、それを口に出して肯定されるのが怖い。
「や、違……」
「智穂のそんなつらそうなカオ、見たくない」
そんな臆病な心が、智穂の言葉を封じて核心を避ける。
「よし。そんなお前に、俺が明るい気持ちになれる、魔法の言葉をプレゼントしてやる。
絶対に効くから、そのまんま復唱しろよ? いいな?」
「え? う、うん」
「大声で言えよ? ハイッ!
好き好き、雪夜ー! 大好きー!」
「えぇっ!?」
「『えぇっ』じゃない。ハイッ!
好き好き、雪夜ー! 大好きー!」
「ちょ、えっ!?」
「ちゃんと口角に力を入れて声を出せ。口角アップトレーニングなんだからな。口角を上げることで笑顔と幸せを呼ぶ。
これは、俺からの“笑顔の魔法”だ」
うわ、寒い。寒すぎる。きっと智穂、ドン引きだ。
けど、他には何にも思いつかないからコレで押すしかない!
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