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【Side Chiho】
「ココに力を入れろ。ほら、ハイッ!
好き好き、雪夜ー! 大好きー!」
「無理、無理!」
「無理じゃねぇ!」
洗面台の鏡に向かって立たされて、雪夜の言う、“魔法の言葉”を強制されてるワケなんだけど。
後ろから僕を囲うように洗面台に片手をついて。もう片方の手の中指で僕の頬、小鼻の横辺りをチョンと押さえてくる雪夜の真剣なカオ。
鏡越しに見えるソレは、何と言うか――――そう、すごく幼い。
いや、『子供っぽい』って言うべきか?
もう23歳なのに、こんなこと思うのって変だよね。
端整な顔立ちは色気を含んで見惚れてしまうくらいなのに、綺麗な髪は大声を出す度にバサッと乱れて。
目は真剣なのに、ふざけたことを大真面目に言わせようとしてくるし。
そして、その大真面目な表情からは、どこか追いつめられてるような、めちゃめちゃ必死な感じも伝わってきて。
そうして――その全部が“とても懐かしい”んだ。
不思議だ。
「ふふっ……」
“懐かしくて、愛しい”。
そう思ったら、すぅっと肩の力が抜けて、自然に口元が綻んでた。
「……智穂? 何だよ、ソレ。
何だ、笑えんじゃねぇか。ソレだよ。
俺がずっと見たかった……大好きなカオだ。
ははっ。何だよ、嬉しいなぁ……ふふ……あははっ」
「……っ……」
居た!
ずっと、探してた。
ずーっと『逢いたい』と思ってた、雪夜が。
僕の傍に。こんなに近くに、居てくれた。
あぁ、どこにも行ってなかったんだ。
良かったぁ。本当に良かった。
雪夜の一番の笑顔。
髪の色が変わっても、僕が独り占めしてた雪夜はここに居る。
ねぇ、雪夜?
僕さぁ、“魔法の言葉”は言えない。
でもね? 今まで一度も言わなかった言葉なら、今から言うよ。
“本当の雪夜”を、もっと見たいから。
「雪夜――」
片手に持ったままだったタオルを雪夜の首にかけて、両端をしっかりと掴む。そのままグッと引っ張って。
驚いて目を見開いた雪夜との距離を、背伸びをして一瞬で縮めた。
「おい、智っ……んっ……」
でも、まず言葉の前に『行動』だよね?
もう、ふたりの距離は離れていく一方だと思ってた。
でも、違う。
僕が一歩踏み出すことで、こんな風に少しの隙間もないくらい、ピタリと合わさることが出来る。
ねぇ、雪夜?
僕の『行動』に込めた“言葉”。
ちゃんと、伝わってる?
―Fin―
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