第一章 「九月の二人」

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いつもなら人があくびをしているのだって見えてしまうくらい大きなガラスの壁が、ぼけたカーテンで遮られていた。まだ開店時間前である。それも四時間も。  僕は自転車を花壇の隣に停めて、一応ノックをしてから店に入った。  いわゆるコンビニ型――店内が見渡せる作りのこのフォトスタジオは少し前の流行りながら客足は増えていた。今の主流はカフェのようにおしゃれでリラックスできるものらしい。七五三撮影をメインとしたこの写真館では、子供に好かれることのほうが重要なんだと思う。とにかく店内が広く見えるし、衣装もすべて出しっぱなしでいいから、いちいち引っ張り出すなんてこともない。今も、作業途中であろうお客様名簿が床に散らばったままだ。カーテンが開いていたら外から丸見えなのに。   「おはようございます」 声は思ったより低くガラガラしながら響いた気がした。誰もいないのだろうか。  脱いだ靴を片手にスタッフ―ルームへ向かう途中、スタジオから店長の香苗さんが出てきた。頭から毛布をかぶってほとんど目は開いていない。  「おはよー。もうこんな時間か。さっちゃん起きて―」  続いてさっちゃん――桜月さんがのそのそと香苗さんの後ろから色違いの毛布を纏って出てくる。今起きたらしい。  「相変わらず時間ぴったりにくるね君は、おばちゃんたちも起きなきゃ」  まさか、昨日から泊まったのか。 「私たち寝坊怖いから昨日寝袋持ってきて寝てたんですよ~」 香苗さんは証拠に、と二人分の寝袋をもって僕に見せてくれた。そして丸め始める。 「六時二十分くらいには最初の子来ちゃうと思うから、セット台準備してもらっていい?」 スローな香苗さんと違って桜月さんはすっかり目が覚めたのか自分の髪を器用に編み込みながらまとめていく。まあ、今日は店長より桜月さんのほうが忙しいのは確かだ。
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