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後日談
「近藤さんのところの息子さん、よく話聞いてくれたね」
後日、卓は丁重に断りの電話を入れてくれた。こちらにはなんの非もないことを、ちゃんと話してくれたという。
「卓さんにもね、想い人がいたみたいだったから。思わず話しちゃったのよ。今はその相談相手もしてるわよ」
私は、見合いの当日、彼と交わした内容を妹に話していた。
――――
「すみません、そうなんです。私には、今お付き合いをしている人がいるんです」
卓の話に心を打たれて、私が本音を打ち明けたのだった。
「体裁ばかりを気にする父でしたので、そのために下準備をしていました」
「下準備、ですか?」
卓がこちらに視線を向ける。
「ええ。名も知られていないようでは父に認めてもらえないと思って、彼の努力を陰ながらずっと応援してきました。やっと先月、彼の腕が世間に認められたので、見合い話も来ましたし、そろそろ父に紹介する時期が来たかなと」
彼は目を見張っていた。
「すごいですね。反発するのではなく、あなたはちゃんと段取りを踏んだんですね。懐柔しようなんて、僕は考えたこともなかった」
「あなたは一つ、私に嘘を吐きましたよね」
私は一呼吸を置きながら、彼の反応を窺(うかが)った。
「嘘?」
「私との縁談に、一切不満はないと」
彼は驚いているようだった。
「思いを寄せる人がいるのに、不満がないわけないでしょう。私たちは諦めてしまえば簡単です。けれど、自分に嘘を吐いてしまったらいけないと思うんです」
意を決したように、私は語気を強めた。
「彼女のせいにして彼女から離れて、親の言いなりに話を進めて。あなたは、幸せになれるでしょうか。今日の縁談は、うまく断っていただけるようにお話をしようと思っていました。けれど、その必要はなかったみたいですね」
彼の心の内を見透かすように笑ってみせる。これは、お互いの同意の上に成り立つものだ。
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