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「卓さんは、どなたかもういらっしゃるんですか?」
当たり障りのない程度に、彼の心を探る。波風立てずに、会話を終わらせられるのが一番なのだが。
「はは、そういうつもりではなかったのですが」
頭を掻きながら、彼は苦笑を漏らした。
「恭子さんのことは学生時代からずっと知っていたので、こんなお見合い話は勿体無いと思っただけなんです」
「学生時代から?」
私はただただ首を傾げてしまった。ずっと、目立たず勉強だけをしてきたはずだったのに。
「神童と謳われる美女がいるって、隣町でも有名でしたから。あなたの方こそ、良い人がいてもおかしくないでしょう」
学生時代のことは、正直あまり覚えていない。友人と呼べる人もほとんどいなかったし、周りとの関係は今やほぼ絶たれていた。
「有名、ですか。卓さんの方が今は有名人かと思いますが」
そこまで言って、視線を外へ向けた。言葉の続きを模索する。
「まぁでも、おっしゃる通りかもしれません」
私はそこで言葉を切った。卓はその先を図りかねているようだった。
「恭子さん、すぐにお返事をいただく必要はありません。僕はこの話に不満は一切ありません。ですが、あなたには少し迷いがあるようにお見受けします」
彼はスマートにそう言うと、席を立とうとした。私はすぐさま、彼の方に視線を戻した。眼差しだけで問いかけるように見つめる。
「お手洗いに行くだけです。少し、失礼します」
卓は軽く会釈をして、障子の向こうに消えていった。無駄のない会話。掴みきれない意図。
なぜ、彼は気付いたのだろうか。誰も、私のことなど気にも留めなかったのに。
彼のいたはずの席に視線を戻しながら、彼に言われた言葉を頭の中でリフレインさせていた。
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