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「今日は、ありがとうございました。また後日、ご連絡をこちらからさせていただきます」
卓は丁寧に頭を下げると、私とは反対の方向に足を踏み出した。その背中を見て、私も踵を返して歩き出す。
家に帰ればきっと、今日のことを父に問いただされるだろうことは目に見えていたが、私は家とは別の方向に歩を進めた。
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「この度は、急なお話を失礼いたします」
お見合いの日の夜、私は家に人を招いた。ずっと、誰にも内緒にしていた人。
「恭子さんとお付き合いをさせていただいています、楠木透哉(くすのき とうや)と申します」
しんと静まり返る食卓に、開いた口が塞がらない様子の父を真っ直ぐに見つめていた。
母は、どこか満足そうな顔でそのやり取りを見守ってくれていた。
「認めん」
父は、話も聞かずにそれだけを告げて席を立とうとした。
「あなた」
鋭い声で静止したのは、母だった。
「今まで何も意見を言わなかった恭子が初めて向き合っているんだから、最後まで話を聞きましょう」
あくまで口調は柔らかく、けれど否定を許さない重みを含んでいた。
「お父さん、透哉さんはガラス細工の工房でずっと働いてるの。先月、やっとコンクールで認められて、近々個展を開くことになったわ」
「公に認められたらご挨拶に行くと、恭子さんと約束をしていたんです。ガラス細工は需要も多い。町興しの一角を担えるようになればと、役場の人たちにも今、働きかけています」
体裁だけは気にする、そんな我が家は窮屈だった。
ならば、その体裁に則れば父が反対する要素はなくなる。
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