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初め重たかった扉も今や全く躊躇なく開け入ってこられるようになり、勧められなくてもカウンター横の椅子に座る。貝瀬が淹れてくれたコーヒーを飲みながら話をする時間は欠かせないものとして日常に組み込まれていた。
「貝瀬さん、この近所に住んでるんですか?」
「あぁ?ここに住んでる。そこの奥のソファーで寝てる。」
レジカウンターの後ろのアンティークリネンで仕切られたごく小さなスペースを、振り向きもせず適当に指差して答える。
「え?それっていいんですか?」
「さぁ?わからないけど、今の所誰にもなんとも言われてないからいいんじゃないか?」
日中こんな暗い店内で大半を過ごし、さらに夜も同じ場所で過ごしているとはどこか信じ難く、健全な精神が保てるような気がしない。
「これから昼飯一緒に外に食いに行きましょうよ」
話を聞いて急に、ここから外に連れ出したくなった。「店がなぁ」としばらく渋っていたが「そうそう客なんて来ません」と言うと笑って承諾してくれた。明るい日差しの元で見る無精髭を生やした貝瀬は店にいる時よりさらによれて見えたが、やはり顔はキリッと整っている。服装もヨレヨレだが、実はヴィンテージの古着やオーガニックの高級リネン素材だったりするから侮れない。
近所の喫茶店でテーブルを挟み、俺はクラブハウスサンドイッチ、貝瀬はエビのトマトソーススパゲティと白ワインを頼んだ。『店が』とか言っていた人が昼間っから酒を飲む思考回路が理解できない。
「貝瀬さんって年、いくつですか?」
「三十二」
貝瀬は俺が十九歳なのは知っている。
「若く見えますね。二十代かと思ってました。いつから、どうして骨董屋やってるんです?」
「おまえ、今日はインタビュアーみたいだな?もう七年くらいかな。ものを見る目と才能があったからだよ」
ワイングラスを滑らかに口に運び、一口飲みくだしてから答える。これだけ足繁く通っても他の客と居合わせたのは数回しかない。どうやって商売が成り立っているのが謎だが、食っていけるということは才能があるのだろう。
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