ふれて

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「貝瀬さんは何の手触りが一番好きなんですか?」 値踏みするように俺の顔をまっすぐに見て、考え込むふりをする。彼は考えてなんていない。俺の次の出方を待っている。 「俺の手は何番目くらいにいいですか?」 ほんの一瞬大きな目を少しだけ見開き、すぐに口元に笑みを漂わせる。 「ん、どうかな。…触ってみてもいい?」 その質問に答える代わりにレジ側に入っていくと、貝瀬はふふっと息を吐くように笑い、机の下から背もたれのない小さな丸椅子を引き出して座るように促す。レジの横にかけてあるリネンのトーションで自分の手を拭ってから、俺の手をとりさっきクッキーをつまんだ指先を拭う。神経質なのか適当なのかわからない。 そのまま慎重に何かを感じ取るように、手の甲に指を這わせ始める。いつも通りの柔からい快感はそわそわと広がり、それ以上の熱も激しさも与えられない。決して満足できない、さらに欲望を呼び起こすばかりの動きを繰り返す。これが出会いから三ヶ月を経た現在。 「この手触り、すごくいい。細やかで、ハリがあって、形もいい。でも十九年ものだからね。アンティークと違って、失われていくばっかりだな」 この人は本当に何も考えていないのだと思う。手触りの良さそうなものがあると触れたい、それだけ。俺は貝瀬の何を見て、何を知って、触れて欲しいなどと思っているのだろう。ただ快に流されているだけなのか。それなら、それでもいい。もう気持ちは溢れかけている。 「失われていくものこそ、美しいって言った人もいたっけ?」 口を動かそうとも、手の繊細な動きは変わらない。容赦なく心のひだを逆なで続ける。「はぁっ…」思わずため息のような声が漏れた。 「おまえ、そういう顔するとつけ込まれるよ」 声を聞き逃さず一瞬俺の顔を見遣り、手が首筋に向かって伸ばされる。 触れた瞬間息を飲み、今までにない痺れがぴりぴりと肌を伝う。するりと喉まで指を下ろし、喉元から耳裏に向かって撫で上げられると、どうしていいのかわからないほどの緊張にじわりと追い詰められ、思わず喉がひゅうと音を立てた。 「やっぱり手よりしっとりしてて、気持ちいい」 今までよりもゆっくりとした肌に染み込むような手つきで、指は心を侵食しながら行き来を繰り返す。意識せずとも、顎を貝瀬の方へ突き出してしまう。
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