ほどけて

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瞬間立ち上がろうと浮かせた腰を、貝瀬は手に力を込め抱いて離さない。さらには唇を含むように濡らし、強引に合わせた部分を深めた。それほど長い時間ではない。扉は錆びて重く、すぐには開かない。入り口からカウンターはまっすぐ見えない。じんと体が痺れ、鼓動が波となりずくずくと緊張と熱を持って体中を駆け巡る。 「好きだ、渉」 耳元までしっとりと濡らすような掠れた色気のある声で囁かれ、目眩がした。今すぐ離れたく、今は離れ難く。 扉が閉まると同時にやっと俺の体は解放されたが、体のざわつきは一向に収まらない。「いらっしゃい」とまだ見えない客に声を掛けながら、立ち上がった俺の手を貝瀬が離さないからだ。熱くて大きな手が指をきゅっと握り包んでいる。貝瀬の方を睨むと、別の手の人差し指を立て、唇につけただけだった。椅子へ促すように手が下に引かれ、仕方なく隣に座る。 「気になるものがあったら、なんでも聞いてくださいね」 棚に顔を近づけ熱心にオブジェを見ている女性客に貝瀬が声をかけた。 「はぁい」 間伸びた返事にさえ、体を固くする。貝瀬はそれに気づいているのかいないのか。気づいているなら余程たちが悪い。 貝瀬の口元に笑みが浮かんだのを認めた時、逃げるにはすでに遅すぎた。五本すべての指を器用に動かし、俺の指を一本ずつ撫で始める。手を振り払ってしまえばいい。でもそれができない。指紋まで記憶しようとしているのではないかと思うほど柔らかく指のふくらみをくるくると触り、節を撫で、指先をつまみ、爪を押す。そして全体を柔らかく包んだ後、指の間を丁寧に擦る。なまめかしさに思わず息が漏れそうになる。 これを親指から順番にやるのだから堪らない。今は気に入った場所を見つけたらしく、何度も行き来を繰り返している。手に伝わるのはするりとした心地よさのはずなのに、それが甘やかな刺激となって、さっきまで熱を高まらせていた体の情動を煽る。近くに他人がいるという緊張感と相まり溢れそうになる快感に身を包む。
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