ほどけて

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いい加減耐えきれず、きゅっといたずらっ子のような指を捕まえた。顔に視線を向けると『なんでダメ?』とでも言いたげに目を少し見開くから、やりきれない。本当にもう、三十も過ぎた大人がすることとは思えない。そう思いながらも、心から嫌ではないのが困る。息苦しささえ甘い。付き合い始めのちょっと判断基準が緩くなっているアレな状態だから仕方がない。捕らえられた指は飽きずに手のひらをくすぐるように撫でている。 もう、これはどうなっても俺に責任はないと思う。たとえば今いきなり、俺があなたにくちづけたとしても。 女性客がカウンターに近づいてくると、手はさらりと離れた。なんでもない顔でいつも通り会計を済ませ、商品を渡す貝瀬の手を椅子に座ったまま眺める。そうやって常に手放す準備はできているのだと嫌ほど思い知らされる。 「新しいアルバイトの方ですか?」 「…あっ、…はい」 心の準備ないまま声をかけられ反射的に答えてしまい、否定できなかった。俯き加減だった視線を上げ返した声は、自分でもびっくりするほど頼りなかった。店に慣れている雰囲気からして、よく立ち寄る客らしい。 「かわいい男の子だから雇ったんでしょう!」 次に貝瀬に向かって親しげに話しかける。その言葉にぱっと血液が顔に昇るのを感じ、また俯いてしまう。絶対顔が赤くなっている。 「かわいいでしょ。うちのお客さんは女性のかたが多いから、俺みたいなむさ苦しいのよりいいかと思って。よろしくお願いします」 「…いやそんな、かわいいとか…ないです」 俺の焦りっぷりに女性客は楽しそうに笑っていたが、それ以上会話を続けず店内を出たのでずいぶんほっとした。貝瀬はパソコンに向かい売り上げを記録している。くるりとこちらを振りかえったかと思うと、気が抜けた俺の顎にさらりと温かな手が添えられ、ちゅっと軽く口づけられる。手は顎先へ滑り、さらりと指先の余韻を残して離れていった。 「可愛いね」 よろめきそうな色気ある声と急な接触に先の緊張に尽きた出来事を忘れかけるが、ぐっと思い留まる。 「貝瀬さん!これからは店開いてるときは、外から見えないところを触るのは禁止です。お客さんがいる時は全面禁止ですからね」 思い切り睨みつけて、はっきりと告げてやった。
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