ほどけて

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「今日店閉めた後、俺のうちに来ますか?」 付き合うと言っても、閉店後に店の奥のソファーでいちゃいちゃしたり、近くに食事に行ったりするくらいで、貝瀬はうちに来たことは一度もない。 「もうすぐ買い付けに出るから、それまでにやっておきたいことがあるんだ。戻ってからにするよ」 さらりと断られたショックを、ちょっとはにかんで笑って流す。 「しばらく会えませんね」 「おまえ、ちょっとは勉強しろ」 遠慮なく人の髪をくしゃりと乱し、これ以上ないというほどの親しみを込め貝瀬は俺に笑いかける。それですべての身勝手さを許してしまえる。  * * * 眠っている時突然震えた携帯を意識なく止め、もう少し、と目を閉じる。ふと思い立って時間を確認すると朝の四時前だった。目覚ましをかける時間間違えた…とぼんやり思う。明る過ぎる携帯画面を薄目でもう一度見て、数分まえに着信があったことに気づき焦ってリダイヤルした。 つー、つー、つー… これほどまで、電話をかけた相手が出るかどうかで、胸をぎゅっと捕まれるような心地がしたことがあっただろうか。 「…ごめん遅くに、寝てたよな」 低く、柔らかく、優しく響く、貝瀬の声。 「渉?」 なぜか名前を呼ばれただけでじんと胸にくる。どこか懐かしく、温かく俺を包む声。寝ぼけているのかもしれない。 「やっぱりそっち行ってもいい?」 まだはっきりとしない頭で住所を教えた。貝瀬の店からうちのマンションは遠くない。歩いて十五分かからず来られるはずだ。 インターホンがなって扉を開けると、間違いなくドアの向こうにいつも通りの貝瀬がいた。部屋って片付いてたかな、もう今更だよな、と思いながら中に招き入れる。やはり眠気に抗えずぱたりとベットに倒れこんでも、貝瀬はいつものように触れてこない。ベッドにもたれかかるように座っている。
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