ふれて

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三ヶ月程前から古いアパートの一室にある骨董屋に足繁く通っていた。大学に通うために見知らぬ街で一人暮らしを始めた俺、大槻渉(おおつきわたる)は、熱心に勉強するでもなくサークル活動やバイトに明け暮れるでもなく、暇を持て余して街をぶらぶらしていた。目的なく行き当たりばったりに歩き、服屋に入り、本屋で立ち読みし、雑貨屋で新しい部屋に置くモノを買ってみる。 そんな時メイン通りから外れ少し入り組んだ場所に、錆びた螺旋の外階段が目立つ古い二階建てアパートを見つけた。住人はいないらしく、どの部屋も小さなショップになっていて看板やら花やらで個性的に彩られている。 なぜか二階の一番奥にある最も入り辛い扉を開けてみたくなった。こんな人足のない場所でどんな店主がどんな店を営んでいるのか覗きたくなったからだ。扉には『アンティークtoucher(トゥシェ)』と、他のどの店よりもシンプル限りないプレートが貼り付けられているだけ。アンティークなど全く興味がなく、どんなものが売っているのかも想像がつかなかった。 鉄の扉は入るのを拒否するように手にやたら冷たく、重く感じられる。ショップなのにこれでいいのだろうかと思いながら、ドアの隙間からこぼれ出る馴染みのない外国のような空気に、気持ちは既に引き寄せられている。 中に入り扉を閉めると、突然訪れた暗さに目が慣れなくて不思議な感覚を味わう。窓を潰すように棚が置いてあり、日中にも関わらずオレンジ色の間接照明だけでやっと明るさが保たれている。棚やテーブルには所狭しと小さな物がごちゃごちゃと並べられていて、どこから見始めていいのすらわからない。ぼんやりとした光に照らされたブロンズのフォトフレームや何かの飾り、クロスがついたネックレスや色あせた紙切れなど…それらの全ては、なんとも怪しげに目に映る。 「いらっしゃい」 奥から響いた静かな男の声に、びくんと肩が跳ねた。他にアンティークショップなど知らないが、店主が男であることが何となく意外に思えた。歓迎するでもなく、無感情でもない、低いトーンの声。 童話の中ならきっと、誘われたって覗きに行ったりなどしてはいけないシチュエーションだ、物珍しい雰囲気にすっかりのまれてそんなことを思いながら、店主の顔を見なくてはという妙な使命感に駆られる。突然降って湧いた小さな非日常に、必要以上に好奇心が掻き立てられていた。
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